いつでも、いつまでも。









身体が、フワフワして気持ちいい。
適量のアルコールは、何となく沈んだ気分を上げてくれるから不思議だ。
身体の中からポカポカあったかくなって、それを吸収してるのは別の臓器のはずなのに、頭の中まで染みて来て、嫌な事とか疲れとかも、全部麻痺したみたいに感じなくなる。
空き缶や、お菓子が散乱したテーブルに突っ伏して、しばし幸せな夢を見る。

ふふふ…。

気ー持ちいーいなぁー…

フワフワして、ポカポカして、ユラユラして…、




…ん?


ユラユラ?




ぼんやりとしていた意識が、一気に覚醒する。
 
 
眠りに落ちかけていたせいか、それともアルコールのせいか、理由はわからないけど、腫れて重くなった瞼を一生懸命持ち上げて、現状を把握しようとする。



「…おはよ、すずちゃん」



フワフワポカポカユラユラの正体は、目の前にある、色素の薄い茶褐色の瞳の持ち主だった。



「…な〜んてね!ホントは『おはよ』っていうより『おやすみ』の時間なんだけどね?」



そう言ってイタズラっ子みたいに笑って、ウィンクしてみせた。



「…そらさん、なんで…、」


ここにいるの、と口にしようとした瞬間、そらさんが抱き抱えていた私の身体をポフン、とソファに降ろした。



「さて、すずちゃんに問題です!なんでオレは今ここにいるのでしょーかっ?」


まだモヤがかかった頭で考えてみようとするけど、働かない頭では当然答なんて出なくて。
目の前にいるそらさんの茶色い髪が、柔らかそうで触ってみたいなぁなんて、全く関係のない事を考えながら、ぼんやりとそらさんを見つめた。
 
 
いつまでも答えない私に業を煮やしたのか、さっきまでの笑顔が、みるみるうちに般若みたいに怖い顔に変わっていった。
 


「あ〜、もうっ!時間切れっ!その分じゃすずちゃん、なーんも分かってないデショ?」


図星なので、仕方なくコクリと頷くと、そらさんは、私の両肩に手を置いたまま、あーあ、やっぱりなぁ、とため息をついてガックリと俯いた。



「…まぁさ、リサーチ不足なオレが悪いっちゃ悪かったんだけどさ〜、」



顔を上げたそらさんは、拗ねたように唇を尖らせた。


「男としちゃさ、彼女の誕生日くらい、ちゃーんとお祝いとかしてあげたい訳!特にオレ、いってもすずちゃんに淋しい思いばっかさせてるから余計にそう思う訳。なのに、すずちゃん、なーんも言ってくれないんだもん」


「……」


「別の奴から明日はすずちゃんの誕生日だよ〜、なんて教えられるの、面白くない訳!」


「……」


「しかもさ、それ聞いて1番におめでとう言いたくて慌てて来てみれば、一人で酒飲んで寝ちゃってるとかさ」


「…ごめん、なさい…」



怒ってるのに優しいそらさんの言葉と気持ちに、目頭がじわっと熱くなった。
 
 
「…あー、あのさ、泣かないで?ってオレが泣かしたんだけど…。せっかくすずちゃんの誕生日をお祝いしに来たんだから、…笑って?」


どうやらそらさんは、自分が怒ったせいで私が泣いたと思ったんだろう。申し訳なさそうに頭を掻いた。
違うのに。



「…違うよ、そらさん。私、そらさんの気持ちが嬉しくて…。なんか、余計な気を遣わせて、私こそ、ホントにごめんなさい…!」


そらさんは私の言葉に目を丸くした。


「…マジで?オレがきつい言い方しちゃったからじゃなく?」


私はフルフルと首を横に振った。


「よかったぁ〜!誕生日に彼女いじめて泣かしちゃうとか、マジ有り得ないし!」


そう言うと、安心したように、私の頭をギュッと自分の胸に抱き寄せた。

トクン、トクンという規則正しく刻まれるリズムが心地よくて目を閉じると、胸を伝う振動と共に、


「…じゃあ、さ。日付も変わった事だし、お祝い、しよ?」


という優しい声が頭上から降ってきた。
 
 
 
 
「では、改めまして、」

そらさんが、わざと勿体ぶったように言う。

「すずちゃん、お誕生日、おめでとー!」


残っていたビールやチューハイで乾杯をして、それからそらさんが買って来てくれたケーキを二人で頬張った。



「今年は急だったから、こんなんだけどさぁ〜、来年はもっとちゃんとお祝いさせてね?」

「ふふっ、でも、ケーキ美味しいですよ?」

「そ?なら、よかったぁ〜」

「…あー、でも、こんな時間にケーキなんか食べたら太っちゃうかなぁ?よく、夜は9時以降食べちゃダメっていうし」

「あ〜、ダイジョブ、ダイジョブ!もう日付変わってるから、まだ9時前だよ♪」

「もー、そらさんてば!乙女には一大事なんですよ?」

「だって、もしそれで少しくらいすずちゃんが太ったとしたって、オレすずちゃんの事、大好きだもん」


いきなり告げられた「大好き」という単語に、頬が熱くなる。
それをごまかすように、慌てて言葉を紡ぐ。


「そ、そらさん、酔っ払ってるんでしょう?お酒、弱いんだから」

「ん〜?確かにちょっと酔ってはいるけど。でもさー…」


言葉と共に、そらさんの手が私の肩に回される。

真剣な瞳に見つめられて、上手く呼吸が出来ない。



「…酔ってても、シラフの時でも、オレはすずちゃんがだ〜い好きだから!」

「!!!」


と、コテン、とそらさんの頭の重みが、私の肩に乗った。



…寝てるし…。



私は身体を少しずらしてそらさんを支えると、そのままソファに横たえて、薄い毛布をかけた。
 
 
スヤスヤと気持ち良さそうに眠るそらさんの寝顔を見つめる。
そして、さっき柔らかそうだなぁ、と思ったその茶色い髪の毛に、そっと触れてみる。

ふ、と頬が緩んで

「…すずちゃん…、大好き…」

なんて嬉し過ぎる寝言を言うから、

「ありがとう、そらさん…。私も、大好き…」

そう呟いて、そっと頬に唇を寄せた。


酔ってても、シラフでも。そしてその夢の中でまでも。

「大好き」をくれる彼を、私もいつでも、いつまでも、愛しいと思う。

来年も、再来年も、その先も、ずっとずっと。

この、誰よりも優しく、愛しい人の側にいたいと強く願った。



Fin.       '11.06.14  





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