Another Story







 
 
携帯で現在時刻を確認する。

22:39


今から駅前まで走れば、キミの今いる場所へ向かうバスにはまだ、間に合うはず



寮の門限はとっくに過ぎてるから、梅ちゃんに簡単に事情を説明して外出許可を
貰うと
俺は財布と携帯だけ持って、冷えきった夜空の下へと飛び出した。





さっき―――――

20分程前に鳴った携帯。


ディスプレイには「すずちゃん」の文字。

飛び付くようにして通話ボタンを押すと
すずちゃんではない、聞き覚えのない、女の子の声。



「…あのぅ、榊晃さん、ですか?」


「そうだけど…、キミ、誰?その携帯、キミんじゃないよね?」


少し咎めるように言うと、


「私、すずがそっちの学校に転校するまで、同じ高校に通ってた、親友なんです

…実は今、すず、うちにいるんです。」



あぁ。
すずちゃんが、無事で、よかった――――



「…すずに、だいたいの話は聞きました。
他人の私が言うのも何ですけど…、
晃くんも、すずも、もっと二人、ちゃんと話し合った方がいいと思うんです。
だから、…すずの事、迎えに来てやってくれませんか?」


彼女の言葉が、胸に刺さる。
 
 
「…うん、ありがとう。
じゃあ、これから行くから、キミん家の場所、教えてくれる?」




 
彼女が教えてくれた住所は駅前からバスに乗って
40分程かかる街。

すずちゃんが、ここに来るまで、ずっと暮らしていた街。
 
  
 
辿り着いた駅前でバスの時刻表を確認する。

23:05

彼女のいる街へ向かう最終バスに乗り込んだ。





そう、全部俺が悪かったんだ。

 

並み居るライバルの中から、すずちゃんは俺を選んでくれたっていうのに。
「彼氏」という地位を手に入れた俺は、安心しきっちゃってたんだ。
すずちゃんが、純粋で真面目で、浮気なんて絶対しない娘だって事が分かってた
から。
俺を好きだと言ってくれたすずちゃんの優しさに、俺は甘えてしまっていたんだ




ふと暗い窓の外に目を遣れば、よく二人でベンチに腰掛けてお喋りをした公園。
あの頃は缶ジュースを飲みながら、たわいもない話を何時間でも飽きる事なく、
あれやこれやと二人、話していたっけ。

小さな街灯が照らし出す風景はあの日と何も変わっちゃいないのに
あの頃のような笑顔のキミを消してしまったのは俺。




「彼氏」と言う座にあぐらをかいて、キミがいつも俺の傍に居てくれる幸せを、
いつしか当たり前のもののように思ってた。




キミが色々話しかけてるのに
「もうすぐ、ライブが近いんだ」
そんな事を言い訳に、キミの話もろくに聞かず、
ギターを弾きながら
俺の勝手な音楽論とか
憧れのミュージシャンとか
とにかく、俺の話ばっかり、一方的に押し付けてた。




そのくせ、何か記念日とかは、しっかり押さえちゃって。
今までの、俺の悪い癖。
プレゼントとか、特別な演出とか。
そうすれば、今までの女の子達は喜んでくれたから。
だから、すずちゃんにも同じように、そんな風に接してた。
彼女はそんなのを望むような娘じゃないからこそ、好きになったはずだったのに

俺は、そんな、一番大事な事を、忘れていたんだ。

 
 
 
きっと、辛かっただろうな。
寂しかっただろうな。

だけど、周りには、そんな不満や愚痴を聞いてくれる友達も親もいなくて。

 
 
キミはきっと、ずっと無理に笑ってたんだろうな。
 
なのに自分勝手な俺は、その笑顔の裏にある哀しみに気付いてあげられなかった




「すずちゃん、ごめんね…」



小さな呟きは窓ガラスを白く曇らせ、乗客も少なくなったバスの静寂に溶けて消
えた。
 
 
 
23:53


バスが彼女のいる街へと到着する。


すずちゃんのお友達の家の近くで「着いたよ」の合図のベルを鳴らす。


約束の場所でしばらく待っていると、見知らぬ女の子がこちらへやって来た。


「…晃くん、ですか?」

さっきの電話の声の娘だ。

「うん…。すずちゃんは?」

「今、家にいます。で、今夜なんですけど、もうバスもないですよね?
よかったら、晃くんも家に泊まってって下さい。
うちの親には、事情話してありますから。あ、もちろん部屋は別って事にしてあ
りますけど」


そう言って、彼女は笑った。
でもまたすぐに真剣な顔になって、


「…だから、ちゃんと、すずと話、して下さいね?」

「…ありがとう」

俺は感謝の言葉を伝えながら、彼女の家と急いだ。



彼女の家に着いて、まずはご両親に挨拶をして。
すずちゃんのいる部屋へと向かった。


「すず〜?お待たせ〜!入るよ〜?」


ドアを開けると、泣き腫らした顔のすずちゃん。


「…な?!あ、晃?なんで…」


事情が飲み込めないすずちゃんに、

「私が呼んで、来て貰ったの。すず、あんた、我慢もいいけど、言いたい事はち
ゃんと言わないと相手に伝わらないよ?晃くんと、ちゃんと話し合いな!私は晃
くんが泊まるはずだった、隣の客間で寝るから」


そう言うと彼女はウィンクして、部屋を出て行った。



二人、残された部屋で、すずちゃんは、ニッコリ微笑んだ。

「…ごめんね、晃。心配かけちゃって。こんな遅くに、しかも寒いのに…」

 
 
あぁ。

もう、無理して笑わないで。

堪らなくなって、すずちゃんを、ギュッと抱きしめた。



「…すずちゃんは、何も悪くないよ。悪いのは、自分勝手な、俺だよ…。ホント
に、ごめん」



あぁ、将来は歌でやっていきたいと思ってるくせに
こんな大事な時に、気の利いた言葉が出て来ない。


「…淋しかった」


ポツリとすずちゃんが呟く。


「…うん、ごめん」
 
 
「…悲しかった」
 
 
「…ごめん」
 
 
「…今日の記念日も、特別な事とか物なんて、いらなかった」


「…うん」
 
 
「ただ、いつも晃が隣にいて、二人で同じ物を見て、一緒に泣いたり笑ったり出
来れば、それでいい。…それが、いい…」
 
 
「…うん、ごめん」
 
 
 
抱きしめる腕を緩めると、涙に濡れた、瞳に出会う。

こんな顔、させたくなんてなかったのに。

もう、バカの一つ覚えみたいだけど、それしか言葉が見つからなくて。


「…ごめん、すずちゃん…。ホントに、ごめん」


腫れた瞼にそっとキスをして。
それでもまだ溢れる涙を、唇で吸い取って。
濡れた頬に、唇に。
「ごめんね」の気持ちを込めて、キスの雨を降らせた。


そうしてその夜は、ひとつの布団で、二人、寄り添って眠った。





次の朝、俺はすずちゃんと一緒に、友達の家から寮へと帰った。


「彼女には、今度、お礼しないとね」

「うん!」


頷いた笑顔は 俺が大好きな笑顔で。



そうさ。
すずちゃんと一緒なら、毎日が幸せで、大切で、特別なんだ。



07:28


寮へと向かうバスの中、絡めた指をもう二度と離さないよう、ギュッと握って。


本当に大切な事は何かと気付いた今日こそ、決して忘れてはいけない、俺にとっ
ての特別な日なんだと。
そんな事を考えながら、すぐ隣に感じる愛しい温もりをそっと、自分の胸に抱き
寄せた。


Fin.     '11.03.07





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