「バーカ!」


グシャグシャに私の髪の毛を掻き乱す、照れ臭いのを隠そうとする少し赤くなった表情が好き。


「ホント昔から強情だよな」


ふっと呆れたように笑う、昔から変わらないその笑顔が好き。


「ちょっ、やめてくださいよ!」


ふざけてじゃれあいながら、上司にからかわれる、誰からも好かれるその人柄が好き。


「なんつー顔してんだよ」


私の頭を撫でて不安を取り除いてくれる、大きな、優しいてのひらが好き。


「お前は、俺が守る」


私を捕まえて離さない、その射止めるような揺るがない強い意思を伝えるその瞳が好き。




「**、」



私を大事だと、愛しいと、そう滲ませるその声が好き。












私の顔を見る度に見せてくれる笑顔は、ここにはない。私を呼んでくれる声は聞こえない。いつも私の頭を撫でてくれる手は、冷たくなっている。


私がここに着いた時には、昨日の夜はあんなにも熱を帯びていた漆黒の瞳は閉じられていた。何度重ねたかわからない唇も真っ青で、赤く染まる顔も白くって、目の前にいるのは本当に海司なんだろうか。

嘘でしょ?

そんな言葉がぽろっと口から出た。そんな、こんな冗談笑えない。笑えないよ、海司。

早く目開けてよ。

そう言って海司に近づいた。なに私で遊んでるの。海司の帰り待ってたからまだ私ご飯食べてないんだよ。早く帰ろうよ。


冷たい、硬くなった手を握る。指を絡ませようとしたけれど出来なかった。いつもは照れ臭そうに私の手に絡めてくるのに、それが今は出来ない。思うように動かせない。それがなんでなのかはわかりきっているのに、私は無駄だとわかっていながら一生懸命試みた。温かくて優しくてゴツゴツした大きな手は私の震える手から滑り落ちる。



なんで。どうして。そんな言葉ばかりが口から溢れた。だって、今朝は行ってくるからって言って私にキスしてくれたのに。昨日だって、あんなにお互いを求めてたのに。今日の晩御飯はすき焼きだからね、って言ってたのに。



なんで、動かないの。




「…**…、」


海司じゃない声が聞こえた。だけど私が今欲しいのは、海司の声なの。他の人の声なんていらないの。お願いだから、**って呼んで。泣くなよって、俺はここにいるだろって、バーカ!っていつものように小突いてよ。

なんで、いつもの当たり前のことが叶わないの。

ねぇ、なんで。




「……かい、じぃ…!」


握ってる手は冷たいのに、泣きじゃくる私の頭を撫でる手は、温かくて。だけどその手の持ち主は海司じゃなくて。

いつもは海司がしてくれるのに、そうじゃないということは目の前の寝台に横たわる人は、海司なんだって嫌ってほど思い知らされた。




「目、開けてよ!海司…っ!!」


開くはずがないのに、声が聞けるはずがないのに。信じたくないんだ。受け入れなきゃいけないのに。

海司は、もう、









私の目の前から全てが消えた。







 




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