私に背を向けて窓のそばに立ち、カーテンの隙間から外を伺っている。片手に持った携帯から微かに声が聞こえた。

たぶん、桂木さんだ。きっと今日の報告をしてるんだろうな。

またテーブルの上の台本に目を戻す。今度やるお芝居の内容も頭になにも入らない。目の前のこの人に全神経が集中してしまう。

小さなため息を吐くと、パチンと携帯を閉じる音がした。顔を上げれば私を見下ろす鋭い瞳。


「**、明日朝早いんだろ?もう寝ろ」

「…あ、はい」

「俺も今日は寝る」

「そうですか…、って昴さん!」

「なんだ?」


なんだ、じゃないんですけど。

なんであなたがベッドに入ってるんですか?

私に寝ろと促したくせに自分のほうが早々とベッドにもぐりこんでるし。ピンクのシーツに包まれた昴さんはどこか嬉しそうで呆れてため息が出た。


「何度言えばわかるんですか!昴さんはソファーで寝てくださいってずっと言ってるじゃないですか!」

「あ?お前俺にその硬いソファーで寝ろって言うのか?朝起きたら体バキバキになるじゃねぇか」

「そんなの知りませんよ!そこは私のベッドですっ!」


無理矢理追い出そうとして布団を引っ張るけど、昴さんは布団をがっちり抱き締めて離さない。
押し問答をしてるうちに私の腕が疲れてきて、泣く泣く諦めて手を離した。


「もー!昴さん!」

「なんだよ、いいじゃねーか」


昴さんは誇らしげにちゃっかり自分のスペースを陣取って私を見上げる。

ていうか、よくないし…。

今までは同じベッドで寝てたけど、自分の気持ちを自覚したのに一緒に寝るなんて無理だよ…。

口を尖らがせて昴さんをじっと見るとニヤリとしていた顔が一瞬やわらかく崩れた気がした。

急に恥ずかしくなって目を逸らすと頭にぽんと上体を起こした昴さんの大きな手が置かれた。


「ほら、もう電気消すぞ」


あたたかい温度を感じながら思う。

昴さんは私と一緒に寝てなんにも感じないのかな。むしろ子供扱いされてる?私に色気なんてないから女として見られてないのかも…。


「…**?」


ドキドキするのってきっと私だけなんだ。昴さんは私のこと異性として見てくれてないんだ…。

いろいろ考えてるうちに昴さんの目の前にいることがどんどん辛くなった。ベッドを離れてクローゼットをごそごそ漁る。きっと私、ひどい顔してるんだろうな…。

「お前何やってるんだ?」


ベッドに入ったまま私に声をかける昴さんのそばをスタスタと通りすぎ、ソファーに横になった。


「…私、今日はソファーで寝ますんで昴さんはベッド使ってください」

「…」


クッションを枕にクローゼットから引っ張り出した毛布を広げてかぶった。昴さんに顔が見られないよう、ソファーの背もたれに向かい合わせになる。

おやすみなさい。

泣きそうになるのを堪えながら言い切った。震えを抑えるために毛布の中で丸くなった身体を両腕で抱きしめる。

瞼を閉じれば、わけもなく涙が流れた。



背後からギッとスプリングの軋む音がしたから昴さんが電気を消しに立ったんだと思う。

早く暗くして欲しい。

今は光なんて見たくない…。







「…なにがあった?」


電気を消しに立ったはずの昴さんの声が頭の上から落ちてきた。びっくりして思わず身体が硬直する。

…なんで優しくするの?

私はただの警護対象でしょ?

こんなときくらい一人にさせてよ…!

毛布をぎゅっと握った。絶対にこんな顔を見られたくなくてクッションに顔を埋める。


「…なんにもないです。早く、寝てください…」

「…」


声は震えてなかったから泣いてたことは気づいてないはず。



本当に早く寝て欲しい。昴さんが優しくするたび、私は苦しくなるんだよ…。

ふっと明るかった周りが一瞬暗くなった。







「きゃ、きゃああっ!」

「うっせーな!静かにしろっ!」


昴さんは毛布にくるまった私をそのまま抱き上げてベッドに放り投げるとボスッという音がした。

バサッと布団をかけられて昴さんも私の横に滑り込んでくる。


「やっ!私ソファーで寝るって言ったじゃないですか!」

「黙れ」

「やだやだっ!一人で寝るっ!」


急いで布団を剥いでベッドから脱出しようとすると強い力が私の手首を掴んでベッドへ逆戻りする。またギシッとベッドが鳴った。


「うるせぇっつってんだよ!!」


ひゅっと息を吸い込んだまま吐き出せない。私の両手首を掴んでベッドに押さえつける昴さんは何故か苦しそうに顔を歪めていて。

こんなふうに組敷かれて恥ずかしいはずなのに昴さんから目を逸らせなかった。


「…」

「…」


しばらく見つめ合ったままだった。

ふっと拘束していた力が緩められ右手が自由になったかと思うと、スッと昴さんの手が私の顔に伸びてくる。

反射的にぎゅっ目を瞑ると目の下を親指の腹でやさしく撫でられてそこから熱が広がったようだった。


「…ったく一人で泣くなよ」

「…あ」


はっと我に返る。涙のあと、見られちゃったんだ。気まずくなってバッと顔を背けて身体を縮こませた。

そんな私の様子に小さなため息をついて、また私の隣に身を沈める。私は身体ごと昴さんに背中を向けた。



「…**」

「…ひゃっ!?」


背後から腰を引き寄せられて抱きしめられた。


「ちょっ、昴さんっ!?離してください!」

「いいから」


いいからって…!意味わかんない!なんでこんなことするの!?そもそも婚約者いるのに他の女の人と一緒に寝るなんてどうかしてるよ…!

もぞもぞ動くけど、がっちり腰を抱かれて身動きが取れない。いつも以上の密着度に私の心臓は爆発寸前で。


「…すげー心臓の音」

「っ!」

「なに、緊張してんのか?」

「〜っ、は、離してくださいっ!」

「やだね。抱き枕がねぇと俺が寝れない」


……。
私は抱き枕か…。こんなにドキドキしてるのも疲れた。私一人で翻弄されてバカみたい…。

昴さんはまだ私を抱きしめて離さない。本当に、限界。やっぱり布団買わなきゃ無理だ。犯人に襲われる前に、ドキドキしすぎと気疲れで死にそう。


「…昴さん」

「ん?」

「…明日、布団買いに行くの手伝ってくださいね」

「却下」

「きゃ、却下ってなんなんですか…っ」

「俺がいるから布団買いに行くんだろ?俺は今のままで構わない」

「私が困るんです!」


もう無理。

そう思って昴さんの腕から抜け出そうともがいたり腕を引き離そうとしても女の私が男の人の力に勝てるわけもなく。

観念してもうこのまま寝ようと瞳を閉じる。昴さんの気配を感じてドキドキしていると大きな手のひらが私の頭をゆっくりと撫でた。

ドキン、と一際高く心臓が跳ねる。


「…もし仮に布団買ったとしたら、だ」

「…ハ、ハイ?」

「そしたらお前は一人で泣くんだろ?」

「…!」

「ホントお前ってわけわかんねーやつだな。人のことでは泣くくせに自分のことでは泣くに泣けないなんて」

「……ほっといてくださいよ」


しょうがないじゃない、こういう性格なんだもん。昴さんには関係ないじゃない…。
イライラとドキドキがごちゃ混ぜになりながらまた目を閉じた。衣擦れの音がやけに大きく聞こえる。


「…ほっとけねぇんだよ」


ボソッ耳元で呟かれた言葉は私の身体を強張らせた。昴さんは私の髪を弄びながらすく。


「…お前が泣けないのなら無理矢理俺が泣かせてやる。泣くんなら俺の腕の中で泣け」


私を抱きしめる昴さんの腕に力がこもった。それでも頭を撫でる手はやさしい。

私は黙ったままシーツに顔を埋めた。

静かに流れた涙がシーツを濡らす。そのまま瞳を閉じれば背中に感じる昴さんの気配。



今はそばにいるのも辛いのに、なんでこの人を突き飛ばせないんだろう。

私を抱き締めたまま頭を撫で続けるあたたかい温度にまた涙が溢れた。




今はこの腕の中で




婚約者のことを忘れたわけじゃないの。

でもそんなことが関係なくなるくらい昴さんの手が優しくて温かかったから…。



昴さんの言う通り、この腕に少し甘えてしまいたくなったの。



今夜だけは泣くのを許してね。

明日になったらまた笑うから。








end







 




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