ああ、目眩がする。

やっと温かくなってきたはずなのに、最近俺の身体は寒さを感じてる。

なんでだろ。


「そらさん?」


ソファーで寛ぐ君は俺を訝しげに見つめる。俺のマグカップを握る手はとうとう震え出した。

ああ、もう限界かもしれない。


「ちょ、そらさん…っ!?」


中身を溢さないようになんとかカップを目の前のテーブルへ置いた。すかさず君は体勢を崩した俺のもとへ駆け寄る。

頬に添えられた少し冷えた指先が気持ちいい…。もう少しだけ、あと、少しだけ…。

なんかデジャヴ…。

あの時はホントに守れて良かったって思ったんだ。でも今は。心配をかけて君を不安にさせることがこんなにも怖いんだ…。

ごめんね。

ごめんね。

俺を名を呼ぶ声が聞こえた。

次第にその声は遠ざかってゆく…。








次に目覚めたのは**ちゃんのベッドの上だった。

ダルくなった身体をなんとか起こすと布団の上にぬるくなったタオルが落ちた。…**ちゃんが乗せてくれたのかな。

サイドテーブルには水の入ったコップと体温計。どうやら俺は風邪を引いて熱を出したらしい。

SPなのに何やってんだよ、俺は。

せっかくの非番だったのに。**ちゃんとたっくさんいちゃいちゃする予定だったのに。


「あれ、そらさん目覚めました?体調はどうですか?」


ひょっこり顔を出した君は最後に見たあの表情ではなくて安心した。

でもあの時の君の顔が瞼に焼き付いて離れない。泣き崩れて俺を必死に呼ぶあの顔が…。


「…ん」

「そらさん?」


俺は精一杯腕を伸ばした。君に届くように。ベッドからドアまではかなりの距離があって届くはずもなかったけど、力の入らない手を伸ばした。


「…どうしたんですか?」


**ちゃんは俺の近くまで寄ってきて手を握った。さっきよりも少し冷たく感じる。俺の身体が熱いからかな。

この冷たさを確かめるように指を絡めて握った。そして**ちゃんにも俺がここに存在してることを確かめてもらうために強く強く握った。


「**ちゃん…」


熱にうかされたこの身体は思ったよりも自由が効かない。けれどありったけの力を込めて、君の手を引き寄せて抱き締めた。


「そ、そらさん!?」

「ごめん…心配かけて」

「…びっくりしました」

「俺も自分が風邪引いて倒れるなんて思ってなかったよ」


**ちゃんの肩口に顔を埋めた。なんだか安心する。**ちゃんの匂いだからかな。


「…そらさんいつもニコニコしてるから…、気づけなくてごめんなさい…」


ああ、君はいつもそうやって自分を責める。君は悪くないのに、どうして責めるの?

俺が撃たれたときだってそうだった。あとから海司に聞いたけど、泣き崩れて酷かったって。何度も俺の名を呼んで、自分を責めたって。

俺は顔を上げて、**ちゃんの顔を両手で挟んだ。

やっぱり泣きそうな顔してる。


「**ちゃんが謝る必要なんてないじゃん!」

「でも…」

「それより、」


ごめん、ね。

心配かけて、ごめん。


「またあの時みたいに怖い思いさせた…。ごめんね…?」

「そ、らさ…」

「俺、いつもこんなんだから、急に倒れて怖かったでしょ…」

「…はい」

「ホントにごめん…」


俺は謝罪の意味も込めてその小さな唇に軽く触れた。ごめんね。俺が**ちゃんの立場なら、すごく怖い。自分がいなくなることよりも、怖い。

**ちゃんは俺に縋るように抱きついてきた。やっぱり怖かったんだ…。


「怖かった…」

「…ごめん」


声を押し殺しながら泣きつく君の髪を優しくすいた。君は俺のことでこんなにも泣いてくれるんだね。

なんか、嬉しいな。

好きだよ、好きだよ。

君が好きだよ。

泣きじゃくる君の頭にキスを落とした。

でもさ、今度は違う意味で俺の身体は限界なんだよね。こんなに密着してるからさっ。


「**ちゃん、こんなときにアレなんだけどさ」

「…う、ん?」

「俺、今日**ちゃんといちゃいちゃするって決めてたんだよね!」

「…え!?」

「んで、熱も下がったみたいだしいちゃいちゃしよ?」

「ちょ、そらさん!?」


俺からベリッと音が聞こえそうなくらい勢いよく飛び退いた君は顔を真っ赤にして眉間にしわを寄せていた。

ああ、そんな顔もかわいいなー、なんてぼんやり思いながら俺はその柔らかな赤い頬に手を伸ばす。


「**ちゃんがあまりにもかわいいから…俺、もう我慢出来ない」


君が返事をする暇さえ惜しくて俺はいきなり唇を塞いだ。風邪が移るとかそんなのどうでもいい。

角度を変える度に聞こえてくる甘い吐息は俺を昂らせる。

もうどっちの唾液だかわからないくらい混ざりあって、何度も何度もお互いの唇を求めて。


「…は…っ…そら、さん」

「俺は…絶対に**ちゃんの前からいなくならないから」

「う、ん…ふ…」


キスの合間にそれだけ言ってまた口づける。両手で顔を包みこむと、頬が濡れていてまた涙が伝ったことを示していた。

それが悲しい涙なのか怖い涙なのか、嬉しい涙なのかわからない。

ひとつわかるのは**ちゃんも俺を求めてくれているということ。



俺の頬に添えられた指先はもう冷たくはなかった。




大事なものは




ひとつだけしかいらないんだ。

俺には君がいればそれでいい。










end







 




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