カチン、カチン、

煙草をくわえたまま苛立ちが募る。手の中にあるライターは機嫌が悪いのか火を出そうとしない。

カチン、カチン、カチン、


「っ!なんでつかねぇんだよ!」


乱暴にゴミ箱に投げつけた。それはゴミ箱には入らず縁に当たって床へと転がった。少し気に入ってたライターだが今はそんなことどうでも良かった。


「…ハイ、どうぞ」

「…………」


ゴミ箱に背を向けた俺の背後からシュボッ、と音がしてちゃんとついた火を差し出されて無言で煙草に火をつける。しかもそれは俺が投げつけたライターから出るもので。何故かライターまで人を選んでるかのように思えた。


「…珍しいですね、昴さんが物に当たるなんて」

「…べつに。そいつが使い物にならねぇからだろ」

「僕の時はつきましたよ?」


相変わらず何を考えているかわからない笑みを浮かべ、瑞貴は俺の隣に腰を降ろした。重みでソファーが沈む。瑞貴は俺のスーツのポケットにライターを入れて俺の様子をじっと見ていた。


「そんなにイラついてるのはあのせいですか?」

「……」

「…まぁ見てて妬けるくらい仲がいいですからね」

「…ちげぇよ」

瑞貴はソファーの背もたれに手をかけて後ろを眺めた。その視線の先にはアイツがいる。きっとさも嬉しそうな顔で無邪気にじゃれてるんだろう。

俺に守られてる時もふとした時に寂しげな表情をする。守ってんのは秋月じゃねぇ。今おまえの警護に当たって必死こいて守ってんのは他でもない俺なのに、その俺の前でそんな顔するなんて許せねぇ。


「…**さん、海司さんのこと好きなんですかね」

「………」


それなら早く秋月と変わりたい。そのほうが**にとっても秋月にとってもいいだろう。もちろん俺のためにもそうだ。

…そうなはずなんだ。

24時間警護で常に気を張ってなくちゃならないこの拷問から抜け出したいはずなんだ。全員にとっていい選択なはずなのに何故言い出せない?そしてこの苛立ちはなんだ。何に対して苛立ってんだよ…。


「…そういや昴さん、結婚式の準備は進んでるんですか?」


瑞貴、このタイミングでそれ言うか?最も触れて欲しくないことをサラリと言うコイツに眉を寄せた。


「……相手に任せてある」

「ふーん……式にはちゃんと行きますから」

「……」

「…**さんにも来てもらったらどうですか?」

「…あ?」

「ねぇ、**さん!」

「は?瑞貴おまえ何して…」


瑞貴はソファーから立ち上がって俺の後ろの方へ手招きしている。それが誰を呼んでるかすぐにわかって咄嗟に身体を捻って後ろを向いた。


「なんですか?瑞貴さん?」

「昴さんの結婚式に**さんは来ないの?」

「瑞貴っ!!!」


マズイ。叫んだ瞬間頭の中で警報が鳴った。こんなことに取り乱すなんて俺らしくもない。

ソファーの近くに来た**は瑞貴の言葉が意外だったのか、それとも俺が怒鳴る声でびっくりしたのか目を大きく広げてその場に固まってしまった。


「そんなに怒鳴らなくたっていいじゃないっすかー!キャーリアっ!」

「…そら」

「ほらーっ!**ちゃんも固まっちゃったじゃんか!」

「…怒るようなこと言いましたっけ?僕」


大丈夫ー?とそらが**の肩に手を回して顔を覗き込んだ。ああ、胸くそわりぃ。

しれっとした顔で俺に聞き返す瑞貴を怨めしげに睨んで硬直した**の腕を掴んだ。班長への報告も終わったんだ、用も済ませたんだしもうここにいる必要はない。


「…じゃあな。**、帰るぞ」

「…えっ、あっ」


俺はそらから**を引き離して引きずりながらSPルームを後にした。背中にものすごい突き刺すような視線を浴びながら。


官邸に停めていた車に乗り込み、ミラーで後部座席を確認する。**は俯いていて言葉を発しない。俺が怒ってると思ってるのだろうか。


「…さっきは怒鳴って悪かったな」

「…いえ」


発進させた車が信号に引っ掛かった。しばらく沈黙したまま、また信号が青になってアクセルを踏む。

バックミラーとサイドミラーを確認しながら怪しい人や車がないか神経を集中させる。その間も頭の片隅で考えていたのはさっき感じた視線。瑞貴も何故か俺を睨んでいたが。

…あれはきっと秋月だ。それはなんとなくわかった。挑むような視線をいつも俺に向けるがそれを俺はわかっていながら目を逸らす。見ないふりをする。それが一番楽だ。

…楽?

それは何に対してだ?


「…昴さん」


後ろから弱々しい声が掛けられてはっとする。任務中に俺は何を考えてんだ。


「…なんだ?」

「…結婚式って…いつ、なんですか?」

「…は?」

「結婚、するんでしょう?」


**の顔を見るとまだ下を向いていて、泣いてるようにも見えた。いや、それは俺の願望か…。


「……2ヶ月後くらい」

「…くらいって、」

「日取りとか全部任せてんだよ」

「………結婚式まであと2ヶ月しかないんですね」

「……」


2ヶ月。自分で言っておきながら今さら実感する。出世のためにする結婚だとしても、俺が独身でいられる時間は僅かしか残っていない。

前まではこんなこと思いもしなかったのに、それどころかコイツに言われてすげー苛々している俺がいる。

別に関係ねーだろ、と口から冷たい言葉が出てしまいそうだった。


「…おまえはどうなんだよ」

「…え?」

「秋月とだよ。…好きなんだろ?」

「…っ!?」


弾かれるように俺を見た**の顔はみるみるうちに茹でたこのようになった。真っ赤になりやがって。そんなの肯定してるのと同じだろうが。

…そんなに秋月がいいのかよ。


「…秋月のどこがいいんだ?」

「…いや、あの」

「おまえの顔見たら書いてあんだよ。好きですーってな」

「…っ」


自分で言っててイライラしてきた。なんでこうも腹立つんだよ?なんで顔を真っ赤にして恥ずかしそうに困っている**を見て腸が煮えくり返りそうなんだ!?


「…まだ好きかって言ったらわかんないんです」


俺の苛立ちにも気づかず小さな声で話始める。ちらっと様子を伺えば苦しそうな、困った顔をしていた。


「久しぶりに会えた幼なじみの海司がすごくカッコよくなってて戸惑ってるだけなのかも…って」

「…」

「でも相変わらず意地悪で…優しいから安心するんですよね…」


自分から撒いた種だが、**が他の男のことをカッコいいだとか優しいとか言ってるのは耳を塞ぎたくなるくらいムカついた。

俺がそばにいながら他のヤツに目を向けていることも気にくわなかったし、何より安心するという言葉は俺では安心しないのか?という疑問も沸いた。俺が四六時中そばにいて守ってるのにも関わらず…。


「…俺が、」

「え?」

「…いや、なんでもない」

「…?」

「ほら、着いたぞ。降りろ」


危うく出そうになった言葉を飲み込んだ。俺がおまえの専属SPだ、なんてわかりきったことを何故言う必要がある?

胸に燻ったモヤモヤした気持ちを抱えながら**の背中に手を添えて俺のマンションの中へと入って行った。









俺はSPルームの仮眠室でソファーに身体を埋めていた。30分も休憩をもらえたのに寝るに寝れなくて天井を眺めてこの時間を無駄に過ごしていた。

こんなときも考えるのは**のこと。…なんでこんなにアイツのことを考えちまうんだ?あと5分もしたら総理と食事を終えた**がSPルームに桂木さんとやってくるな。


「昴さん」

「ん?ああ、瑞貴か」

「結婚の日取りは決まったんですか?」

「……決まったんじゃねぇか?」

「……いいんですか?」

「…何がだ?…なんだよ、この前から探り入れてきやがって」

「…いえ、別に」


急に仮眠室に入ってきたと思ったら不躾な質問に腹が立った。まだ何か言いたそうな瑞貴を横目に煙草に火をつける。

今日はこの前が嘘のように一発でついた。ホントおまえ気まぐれだな。


「…手遅れになりますよ?」

「あ?」

「……僕はアドバイスしましたから、恋愛初心者の先輩に。じゃ」

「はぁっ!?この俺が恋愛初心者だと!?おい待て!瑞貴っ!!」


ソファーに沈めていた身を起こしてドアの方を振り向くとすでに瑞貴はそこにはいなかった。その代わりに隙間から覗く、アイツ。


「…昴さん?どうしたの?」

「…いつからいたんだ?」

「え、今来たとこ…」


はぁ…とため息を吐き、こいこいと手招きするとドアを片手で閉めて俺のそばまでちょこちょことやってくる**。なんだか犬みてーだな、と頬が緩みそうになる。


「昴さん?なんか疲れてる?」

「んー、あー瑞貴になんか変なこと言われたからかもな…」

「瑞貴さんに?」

「あー、やっぱなんでもねー…」


なんなの?とソファーに座って俺の腕を揺すり見上げてくる。なんだかその栗色の綺麗な髪に無性に触れたくて手を伸ばしてすいた。**は擽ったそうに身を捩る。前言撤回、猫みてぇ…。


「…昴さん?」

「んー?」

「…どうしたの?」

「何が?」

「なんか今日の昴さん…おかしい」

「…そうか?」


肩を引き寄せて背後から肩口に顔を埋める。ひゃっ、と情けない声を出して離れようとするけど離さない。離したくない。何故かそう思った。


「…昴さん、離してよ…」

「ヤダ」

「…こんなの婚約者さん知ったら嫌がるよ?…私なら嫌だもん…」

「……」


私なら?

**が誰かと付き合って、誰かと結婚する日がくる?

俺の見えるところでいちゃこいてるコイツを見るだけで腹が立つというのに、俺の知らない男が**のそいつしか知らない表情を独り占めしてると思うと刺してやりたいくらい腸が煮えくり返る。

そんな俺の気持ちも知らないで何かを思い出したように目の前にある俺の膝を揺すった。


「あ、昴さん!今度マフィン作るの教えてください!」

「…なんでだよ」

「お父さんに作るって約束しちゃったんですよね。私が作ったもの食べてみたいって言うから」

「……」


こうやって他の男に手作りの弁当だとか菓子だとか作ってやるのか、と思ったら気が狂いそうになる。そしてお前は俺には見せない笑顔を向けるんだろ?


「昴さん?…ダメですか?」

「…あ、ああ。わかった、今度な」

「ホントですか!?やった!ありがとう昴さんっ!!」

「!」


俺の方を振り返って満面の笑みで笑う**を見たら渡したくねぇと思った。誰にも、秋月にも。この笑顔が俺以外のヤツのものになるとかありえねぇ。


「昴さん?」


何かに導かれるように手を伸ばし頬を撫でる。少しピンクに染まった顔を逸らして恥ずかしそうに俺を見上げた。絶対、こんな顔他の男になんて見せたくねぇ。


コイツは全部、俺のものだ。

この独占欲は何から沸き上がる…?




ああ、そうか…

これが、





好き
ということなのか。




初めて気づいたこの気持ちをおまえはどう受け取ってくれるだろう。

電話を切り、キッチンに向かう**の背を見つめながら思った。



「……昴さん」

「ん?」

「…今の電話って…婚約者さん、ですか?」

「元、な。気になるか?」

「えっ…」

「これで俺も同じ土俵に立ったぞ」

「…?どういうことですか?」

「秋月のこと考える暇もないくらいに俺に夢中にさせてやるから覚悟してろ、って言ってんだよ」

「…っ!」

「…誰にも渡す気はねぇから。他の男に菓子なんて作るんじゃねーよ」

「…でも…っ、これお父さんに…」

「総理も男だろ?…俺のことを考えて作れよ。そしたら作り方教えてやる」

「…………ハイ…」

「…そんな顔したら襲うぞ?」

「!!?」






覚したら最後



今まで目を背けていたんだ。

見ようともしなかった。

おまえが好きだとわかった今、全てが可愛くてしょうがねぇ。

恋愛初心者上等じゃねぇか。

もう遠慮せず行くから覚悟しろよ?







end?


















「…ごめんね、海司さん」

「は?なんだよ瑞貴」

「僕、火つける手伝いしちゃった」

「…?」

「でも着火はしてませんよ?昴さんが自分で気づいたんだから」

「は?なんで昴さん?瑞貴、わかるように説明しろって!」

「…昴さん婚約解消したって」

「……は?」

「**さんは誰と結婚するんでしょうね」

「!!!」

「昴さんの目は本気って書いてあったからね。まるでライオンがウサギを捕まえる時の目だったなぁ」

「瑞貴……おまえ怨むよ…」





誰にも渡さない。

例え秋月が幼なじみだとしても、**を守るこの特権は俺だけのものだ。





end







 




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