夕日が傾く、午後5時。

私の影は後ろに長く伸びる。
そして数歩前を歩く人の影も長く伸びる。
私のよりも長いその影を踏んづけてみた。

本当ならば影を踏んづけられたら止まらなきゃいけないけど、私が何をしてるかしらないこの人はそのままスタスタと歩いていってしまう。


また私は影を踏む。
それでもスルリと逃げていく影。


…あれ?この遊びなんだっけ?

影踏み鬼だっけ?



小走りで影を踏んでは止まり、また影を踏んでは止まる私に苛立ちを隠せない彼は。


「…お前、さっきから何やってるんだ」

「んー…なんだろう?」



私もよくわからない、って言えば呆れたため息が前から聞こえた。



でもね、私がこうやって影を踏んでるのにも理由はあるんだよ?

知ってた?



また彼は翻して私に背を向けて足早に歩いていってしまうから、私は急いで追いつこうとする。


それが、理由。


追いかけても追いかけてもちっとも追いつかない。

もう何度目になるのかな。こうやってあなたの背中を追いかけるのは。

いっつもその大きな背中しか見れないのって、寂しいんだよ。



知ってた?


私が寂しいって思ってること。

何度、その紺色のブレザーの裾を掴んだんだろう。

その度に私の方を見てくれるけど、私からのアクション無しには見てくれない。




「…ね、ねぇ、誉くん」

「…なに」

「はっ、早すぎるんですけど…」



なにが、って言わなくてもわかるでしょ?


足の長い誉くんには普通かもしれないけど、私には追いつくのがやっとで息が上がってしまう。

いつも、一緒に帰ってるというか後ろをくっついてってるという表現がぴったり。



ねぇ、なんで隣歩かせてくれないの?

背中ばっかり見るんじゃなくて、横顔も見たいよ。



お願いだから、せめて振り返って?

それじゃないと私、疲れて追いかけるのやめちゃいそうだよ。




「うっぶ!…きゃっ!」




急に目の前に壁が出来たように誉くんが止まった。
考えごとをしながら小走りしてたから私は体当たりしてしまい、そのまま跳ね返されて地面へ。




「…なにやってんだ」

「なにって…誉くんが急に止まるからでしょっ!」


尻餅をついたお尻が少し痛い。


もう!と怒って見上げたら、誉くんは夕日を背負っていた。


そのオレンジ色の光は白い肌に映えていて、長い睫毛の影を落とす。

端整な顔立ちはできた影によりさらにシャープに見えた。




誉くんは怒っているようでもなく、意地悪な顔をしているわけでもなく。



ただただ、優しく笑っていて、



すごく…、



「………きれい」




はっと我に返って口を両手で塞ぐも後の祭り。



「…なに、俺に見とれたわけ?」


綺麗だと見とれたその顔はすでにいつもの意地悪な顔に戻っていた。

私の考えてること全部見透かされてるようですごく悔しい。



「…知らないっ」

「……いつまで地べたに座ってるつもりだ?」



また不機嫌そうに呆れたため息をつく。
きっとまた私に背を向けて歩き出すんだ。

そう思ったんだけど。



誉くんは私の目の前で腰を折って、脇の下に手を差し込んで軽々と私を立ち上がらせてくれた。



「あ、りがと…」

「お前、重い。少し痩せろ」

「…なっ!」



そのままスカートについた砂をほろってくれて、放り出された鞄を手渡してくれる。

なんだかんだ言って誉くんは優しい。


こんな鈍くさい私を絶対に見捨てたりしないで根気良く付き合ってくれるんだもん。

だからちょっとくらい寂しくても我慢できるんだよ。

ただね、誉くんは私のことをちゃんと彼女だって認識してるのかが気になるの。

ホントに、好きなんだよね?




私が不安気な顔をしたからか、誉くんは私の顔をじっと見つめてその大きな手でぽんぽんと頭を優しく叩いた。





「…ほら」



目の前に出された右手を凝視する。


えーっと、これって…。


そっぽ向いて顔が見えない誉くんと差し出された手のひらを交互に何度も見た。

いつもは決してしない彼の行動にドキドキしながら恐る恐る左手を重ねてみる。




「違う」


えっ!違うの!?

助けてやったんだから金出せとか!?




「…こうだろ?」



改めて
指を絡めて繋ぎ直された私の左手。


わ…。

手、が…っ。



その行動が信じられなくて、ぱっと顔をあげると誉くんの耳は少し赤くなっていた。

それを見て私の心臓もドキンっと音を立てる。


誤魔化すように前を見て歩き出す誉くん。

それは今までみたく早い足取りではなくて、私の歩調に合わせたゆっくりとしたリズム。




「…しっかり繋いでおかないとお前はまた転ぶからな」

「…私、犬じゃないんですけど」




なんて可愛くないこと言っちゃったけど、私の顔が破綻するくらいすっごく嬉しい。

だっていつも追いかけてばかりで、それこそ犬みたいだったんだから。



どうしようもなく恥ずかしくて嬉しくて。
ぎゅって手を握ると誉くんも少し力を入れて握り返してくれる。

何度も何度も自分の手を見て、私の隣に誉くんがいることを確認する。

少し上を見上げれば、いつもと変わらない誉くんの姿。




「…**、ニヤニヤして気持ち悪い」

「…っ!しょ、しょうがないじゃないっ!」



…嬉しいんだもん。



なんだか急に恥ずかしくなって、聞こえない程小さな声で呟いたはずだったのに。

ピタッと急に止まった誉くんを見上げると繋いだ手をぐいっと引かれた。



「わ、あっ……んっ!」


バランスを崩して誉くんに寄りかかったかと思うと、私の視界にら誉くんの綺麗な顔でいっぱいになる。

思考が停止した私は気づくと彼の唇を受け止めていた。



「ん…ふ………」


するっと生温かい感触が入ってきて私と絡み合う。

酸素を吸いとられてだんだんボーッとしてきた…。

静まる住宅街に響く二人の甘い吐息といやらしい水音。

私がふらつくと同時にやっと唇を離された。





「はぁっ……ここ、外、なのに…」

「…お前が悪い」



私のせい!?

って思ったんだけど、誉くんはすっごく優しい瞳で見つめるから何も言えなくて。

さっきの余韻で熱くなった頬を隠すように下を向いた。




「…誉くん…大好き」

「…知ってる」



私がそう言えば、誉くんはやわらかく微笑んで大好きなその手で髪の毛を撫でてくれる。

今まで背中を追いかけてたのが嘘のよう。











誉くんは私のことが手に取るようにわかるみたい。

普通は、私の気持ちをわかってるのに酷い態度をとるなんて、って思うでしょう?


誉くんは私の気持ちがわかるからこそ、すごいいいタイミングで私に餌を与えるの。

それが一番効果的ってわかってるんだよ。ずるいよね。





でもね、私もそれをわかっていながらまんまと誉くんの罠に嵌まるの。


言葉では悪態つくのに、
その手が、瞳が、声が。


私を大好きだって言ってる。





…なんて言ったら怒られるかな。



全てはその甘い餌のために。




突き放そうとしてもそれが出来ない優しい優しいあなた。

あなたの愛を感じれる瞬間を知っているから離れていかない私。


私たち、結構いいバランスを保ってるでしょ?








「誉くんって優しいよね」

「…別に」

「ふふっ」

「…早く俺の家行くぞ」

「えっ!?誉くんち?なんで?」

「待てが出来た犬にはご褒美だ」

「……へ?」










end







 

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