平時は風の吹かない水面のように動じない瞳が、深い色のままゆらりと揺れたとき。あ、この人また何か変なことを考えているな、と私は思った。

「義勇さん、何を考えているの」
「…………」

 私の顔を一心に見つめたまま微動だにしない義勇さんに向けて、不服を唱える時のような声色で尋ねてみる。
 そんな私の圧のかかった声に、義勇さんは一瞬ぴくりと頭を揺らしたが、特に顔色が変わる様子はなかった。代わりに少しだけ首を傾げたかと思えば、先ほどまで隙間なく結んでいた口をゆっくりと開く。

「お前の唇は柔らかそうだな」
「……。急に何でしょう」
「触れたい」
「嫌です」

 私の予感は的中していた。やはり、義勇さんは変なことを考えていたようだ。
 唐突な要望をぴしゃりと跳ね除けて、洗濯を終えた後のふわふわの隊服をたたむ作業を再開する。むう、と拗ねたように義勇さんが再度口を一文字に結ぶ様子が目に入ったが、私は気にせず作業を継続することにした。
 この作業は、私の日課である。今、目の前に座っている鬼殺隊士の彼が身に纏う衣服だからこそ、私は毎日洗濯をする度に「無事に帰ってきてくれますように」と一枚一枚お祈りしながらたたむことを日課としている。
 それなのに、近頃はその日課を、祈願の対象そのものずばりである義勇さんに邪魔されることが増えてくるようになっていた。まぁ、私が義勇さんの安全を祈願しながら家事をしているだなんて教えたことはないから、本人には知るよしもないだろうけれど。
 義勇さんは、もともと口数の少ない人である。だからいくら恋仲となったとは言え、必要以上にこちらから干渉されることは好かないだろうと、私は義勇さんと適度な距離を保つよう心がけていた。
 しかし、よかれと思って気をまわしていたものの、どうやら義勇さんはそれを望んでいないらしい。その証拠に、任務や鍛錬を終えて自宅へ帰ってきた後は、必ず私の目の届く範囲内に居座っている。今日だって例外ではない。
 義勇さんから洗濯物へと目線を移した後も、私の視界の外から射抜くような視線を感じて、集中を削がれた私は再び顔を上げた。

「義勇さん」
「何だ」
「洗濯物、一緒にたたみませんか」

 凝視され続けるのも居心地が悪いので、この状況を利用して家事を手伝わせてみてはどうだろう、と試しに誘ってみる。
 すると、義勇さんは表情を変えることなく私のすぐ側まで寄ってきて、床に積み重ねられただけの衣類の一つを手に取った。そうして丁寧な動作で衣類をたたみ始めたので、言ってみるものだなあと私は感心する。
 相変わらず応答は少ないけれど、不満そうな顔も見せずに素直に手伝ってくれる義勇さんのことが、何だか妙にかわいらしく思えてきてしまう。彼は一体、どんなことを考えながらこの作業を手伝ってくれているのだろうか。私は先刻からの義勇さんの言動の意図がどうにも気になってしまって、ちらりと義勇さんの横顔を盗み見た。

「…………」
「俺の顔に何か付いているか」
「?! あ、い、いえ」

 義勇さんは一切こちらに目を向けることなく、洗濯物をたたみながら私に問いかけた。
 まさか盗み見ていることに気付かれるとは思いもせず、驚きから思わずびくりと体が跳ねた。流石は鬼殺隊の柱である。凡人の私には備わっていない感覚が、彼にはある。
 驚嘆と、横顔を盗み見ていたことに気付かれた恥ずかしさから、心臓が脈打つ音が大きくなるのを感じた。
 動揺に目を泳がせていると、いつの間にかたたみ終えられて綺麗に重ねられた衣服が視界の隅に入る。慌てて義勇さんのほうへ顔を向ければ、同じタイミングでこちらへ顔を向けた義勇さんと視線が重なった。義勇さんの深色の瞳が、またもやゆらりと揺れたような気がした。

「なまえ」
「はい、っん」

 低い声で名前を呼ばれたかと思えば、すぐに距離を詰められて、私の唇に義勇さんの唇が重ねられる。すぐ鼻の先にある義勇さんの体温と匂いに、一瞬で酔ってしまいそうだった。
 反射的に義勇さんの体を押し退けようと腕を伸ばしたが、そんな私の小さな抵抗を気に留める様子もなく、義勇さんは私の肩に手をかけると、ずるりと着物をはだけさせる。

「家事はもういい」
「……え?」
「触れたいと言っただろう」
「ちょ、えっ、待っ」
「反抗するな」

 着物の衿下の隙間から手を差し込まれ、するりと太腿を撫でられる。逃げるように地べたを後ずさるが、体重をかけて伸し掛かられてしまえば、重力に従うまま私は義勇さんと共に倒れ込むしかなかった。反動で浮いた脚が重ねられた洗濯物にぶつかり、バラバラと崩れて床に広がる。
 ああもう、せっかくたたんだのに。そう文句を垂れる暇もなく、私の五感はあっという間に義勇さんに支配されていく。彼の瞳が揺れた時は、「構ってほしい」のサインと同義かも知れないので、今後は十分注視しておこう……と私は思った。


あなたを弱くする3つのこと
孤独と、寂しさと、慕情


Thanks Bacca , 或子
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