久しぶりの一人酒だ。相方は今日用事があるとかで、家を出ている。そのまま家で留守番するのも何となく嫌だった俺は、小銭をポケットに酒場の扉をくぐった。

室内に入った途端耳を覆う喧騒と、鼻にこびりつく酒と女とむさくるしい臭い。それは、この酒場ならいつものことだ。けれど、今日は何か違う。不思議に思って辺りを見回すと、俺はすぐその違和感を発見した。

「…あ?」

部屋の奥まった所にピアノがあり、その前に女が立って歌っている。女は慣れていないのか、折角の綺麗な高音を上擦らせて旋律をなぞっていた。その微妙な音程のずれが、酒場の喧騒をさらに煽っているようだった。しかし問題は女じゃない。人前に出るくらいだから女は相当綺麗だったけれど、俺の目を引いたのは、その歌い手に旋律を提供している男。

白い手を流れるように滑らせて、楽しそうに動く銀色の尻尾は、見覚えがあった。




「おい」

二三曲弾き終えたイヴェールが、演奏中既に俺の存在に気づいていたのか、迷いもなく俺に近づいて来る。もういいのか?問い掛けると、元々弾くのは数曲の約束らしい。珍しく機嫌が良いのを表情に出して、イヴェールはカウンターに座っていた店員に手を振った。間もなく上等と一目で分かるワインが、俺達の前に丁寧に置かれた。

「これくれる、って言うからピアノ引き受けたんだよ。元の弾き手が体調崩したらしくな」

「おお、久しぶりの良い酒…!」

「お前、もう酒飲んでるからいらないな」

「ワインは別腹だから!イヴェールさま飲ませてー」


ふざけて笑えば、気持ち悪いと小突かれる。俺はイヴェールがこのワインを独り占めしないことを確信していて、その確信をイヴェールも分かっていて、顔を見合わせて笑った。

この後は、家へ帰って二人だけで飲むのも悪くない。






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