「お」

「あ」


俺とイヴェールが声を出すのと同時に、傾いたビンから黄金色の液体が零れた。イヴェールはすぐ後ろでパンを片手に待機中。対する俺は、棚の上に置いてあるそれを手に取ったところだ。前回このビンを片付ける時、よっぽど急いでいたらしい。蓋があきっぱなしで、とろみのある液体は当然真下の俺の顔へ垂れる。


「うわ!勿体ねぇ」


慌ててビンを水平にして降ろす。手までその甘い匂いがべったりして、少しうんざり。ただでさえ夏は暑いのに、さらに鬱陶しい粘着質な液体にまみれて、気持ち悪かった。


「イヴェールー、タオル濡らしてこっちくれ」

「はいはい。もっと気をつけろよ、おっちょこちょっ」

「うるせ。イヴェールだってよく何もないところでこけるくせに」

「……っ」

「ん?」


ふと棚の横にある窓ガラスごしに、イヴェールと視線があって、しかも驚いた顔をしていたから振り向いてみた。噛んだことに関しては、よくあることだから敢えてつっこまない。


「イヴェール?」


珍しい。虫を踏んでも驚かない相方が、ばっさばさの睫毛を震わせて、口を「い」の形のままにして、若干背筋を後ろに曲げている。片手にパン、もう片方にタオルを持ちながら。面白い。しげしげ観察していると、まず瞼がゆるゆると開閉した。つづいて口が閉じて、開いて、もう一度閉じた次に「…ローランサン」と呟く。やけに何かが吹っ切れた感じのする声音だ。

そして徐に立ち上がって、俺の目の前に立つ。


「い、イヴェールさん。どうした?」


近づいて来る相方の迫力に、何故か恐怖を感じた俺は二三歩後ずさる。四歩目を踏み出したところで、当たり前だけれど例の棚に踵がぶつかる。がしゃん、と食器の擦れる音じゃこの雰囲気を壊せない。どうして、こうなった。顔さえ徐々に近づいて来る。底を読めない赤と青に、顔中ハチミツだらけにした俺が映る。


「え、ちょ?」


何かキスが出来そうな距離だ、と思った瞬間、俺の視界は白い指に覆い尽くされた。


「ぐわ!?」

「…甘いもの駄目にした罰だ。甘んじてうけやがれ!」

「ふへ、なにするんら!」

「頬つねってる」



言葉のとおり、俺の頬をイヴェールが摘んでいる。しかもハンパなく痛い。首をよじって脱出を試みるも、がっちりもう一方の手でタオルごと顎を確保された。とどめは、戻りかけたいつもの雰囲気を拗らせる、指先の次の行動。よく整った爪が、鼻先についた蜂蜜をすくいとって、俺の口を一撫でしていく。案外固い感触が、がさついて薄い皮膚をつ、と押す。思わず呼吸を忘れた。


「口、荒れてるぞ。これでも塗っとけ。勿体ないし」


指先の最終到着地点は、イヴェールの口の中。それがやたら色っぽくて、見ていられなくて、首を真横に向ける。だから、イヴェールが満足そうに目を細めるのなんて、目に入るわけがなかった。

暑さでどろどろにとけた蜂蜜が、床に付いたりイヴェールについたりして大騒ぎしたその後も、部屋の中には甘い香りが始終充満していた。






日付詐称まじっく発動!
はちみつの日ということで!
やおいの日もぱんつの日も出来なかったので。ロラサンは取り合えず何らかの液体に塗れればいい←






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