見渡せば、今まで買いためてきた本を棚へ無造作に突っ込んであり、物を書くための古い机もある。ここは一般的に言うと書斎なのだろうが、しかし横に相方の相棒である今となっては珍しい黒い剣が手入れ道具と共に丁寧に立てかけてあったから、書斎と言い切るには少し物騒な部屋なのかもしれなかった。その暗くて不気味な雰囲気を裏切り、今はすーすー、和やかな息遣いが場を支配している。

夜も深く、カーテンの敷かれた向こう側は吸い込まれそうな夜空が腕を広げているはず。その隙間から月は見あたらない。今夜は新月だ。ランプの光のみが黒を焼いてぼんやり室内を照らす。

僕は頁を捲っていた指を徐に止め、もう随分前から睡魔と戦い続けて、そろそろ負けそうになっているローランサンを見た。蜜色に照らされた濃い銀色が、実は深夜の仮書斎のどこよりも不気味。ゆらゆら震える睫毛が全開なら、声もなく笑っている僕を見て拗ねるのだろう。何笑ってんだよ、なんて声が鮮やかに耳奥で再生されて弾けた。


「いくら体力あっても、睡魔の前じゃ形無しだな」


呟いた言葉は今までの空気を揺らし新たな静寂を生み出す、と思いきや、意外にも睡魔と善戦しているらしいローランサンの唇からは、んー、そだなー、と意味をなしそうでなさない返事が返ってくる。

椅子から降りて、相方が寄り掛かる壁に肩を並べた。初夏の夜はまだ冷え込みが残る。ひんやり、熱を奪う床の温度に眉を寄せるが、腰を一旦落ち着けてしまったからには今更シーツ類を取りに行くのも面倒だった。少し逡巡して、口を開く。


「寒くない?」

「…寒く、な…い」

「風邪ひいても知らないから」

「……しらない、からー」

「……」


これは、面白いかもしれない。


「次の仕事も、ローランサンが囮役やる?」

「や、る」

「調理場でミルフィーユ作っていい?」

「ふぃー、ゆ、いい…」

「……俺は馬鹿でーす」

「…れは、ばかで…す」


思わず口元に手を覆った。だめだ、あまり大声で笑うと相方が起きてしまって、悪戯がばれてしまう。必死に深呼吸をして震えた肩を戻そうとすると、徐に、ローランサンの体がぐらりと傾いた。


「わ、おい!」


傾いた方向は、僕が座り込んだ方。眠気で高い体温が肩に来て、一瞬心臓が変な動きをする。ローランサンは自分が倒れたことなんて微塵にも悪いとは思っていないようだ。というより、世界が反転してもろくに開いていない瞼ごしには認識できなかったらしい。

ゆっくり、僕も相方の方に体重をかけた。一方的にのしかかられた肩はそれでようやく体重の釣り合いが取れて、息をつく。でも体は更に密着した。顔が近い。寝息が驚くほど間近にすり抜ける。


「あつい」

「あつい…」


まあ、このあつさの文句は明日の朝、飛び起きた相方の動揺を目ざましに起きてから言うとして。


「でもこのあつさは好き、かな」


今度は繰り返して言わず、遂に眠りの淵の奥へ進んだローランサンの後を追う。最後のの単語に関しては繰り返してほしかった、なんて思考も、今は闇の底へおちた。












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