幼少盗賊ロラサンとオギュ












一度手放した小さな手、その手のひらをもう一度掴むために。




ここへ来てからずっと俯いている幼い顔を、私もずっと眺めていた。妻と同じ色を映した目は、何分も、何分も、揺れ続けている。

お前なんか親じゃない、お前なんか知らない。そう罵倒されることは覚悟していた。それ相応の仕打ちを、私はこの子に与えてしまったのだ。

人は、心に余裕をある程度持たないと、周囲の人間に寛くなることが出来ない生き物だ。言い訳じみているが、私の場合まさにそうだった。この世で唯一深く愛し愛された女性を失い、余裕と言う余裕が全て剥ぎ落とされて、残ったのは喚き散らすだけの慟哭と後悔と、生まれて間もない嬰児。何度、その細い首に手を掛けそうになったか分からない。この子を天に還せば代償として妻が帰ってくる、その甘美な誘惑は失った余裕の元々あった場所にするりと入り込んできて、毎夜毎夜私を唆した。その誘惑が取り巻く夜は、決まってあるはずの無い風車の回る音が耳奥に響いていた事を、今でも生々しく覚えている。ふと、正気に返ったのは、その音を何回聞いた後だっただろうか。乳も与えられず、徐々に泣き叫ぶ声も弱まる我が子。このままでは、このままでは繰り返してしまう。何故か、“繰り返してしまう”、その事が頭を占めて、気がつけば近くの孤児院に子どもを抱いて走っていた。

その時、産着の上から更にくるんだ布の端、掠れたペンで走り書いたソレイユ、その名前の横に迷って迷って書こうとして結局書かなかった。必ず迎えに来る、の一言。

子どもを愛する余裕を失くしても、その首に手を掛けたとしても、いつか必ず、会いたいと願った。けれど願う資格は自分にあるのか。その後何年も、妻を失ってしまった悲しみと、子どもを手放すことしかできなかった後悔が長いこと私の中で渦巻いていた。今、実際に成長して少年となった我が子を前にしても、それは渦巻いている。

その後悔を突き破ってまで、この子に会いたくなったのは、判明した自分の残り火の長さゆえ。つまり私の我儘でしかない。随分と、情けない親だ。いや、決して親とは言えまい。だから、口を噛みしめて黙したままの子どもに、私はゆっくり語りかけた。


「老人の、ぼけた戯言だと聞き流してくれ」

「……」

「過ちを犯した事実は変えられず、その後悔もなくならない。それでも、愛していた、愛しているという事実も、零に戻すことはできない」


懺悔のように滔々と口から出た愛してるの言葉。そう、余裕がなくても、首に手を回しても、確かに愛していた。その事実は慟哭に長い事隠されていた。今必要なのは、過度の後悔でもなく自己を責めることでもなく、私の所為で欠けてしまった、この子の中にあって然るべきだった親からの愛情。自己満足だと思う。独りよがりだと思う。でも、叶うことなら、僅かな時であっても、この子の生と触れ合っていたい。


「…少しの間、君と一緒に生きてもいいだろうか」


ソレイユと敢えて呼ばずに、孤児院で呼ばれていた名前を小さく呟く。
私と同じ癖の強い銀髪は、数秒、数十秒、数分経って、縦に動いた。


「私のことは、好きに呼んで構わないよ。オギュ、でも良い」

「…オギュ、」

「ああ、よろしく」


復唱された名前に、どうしようもない愛おしさをかんじて。これからの生活に不安を隠し切れていない少年に微笑みかけながら、私はまずアトリエを案内しようとゆっくり立ち上がった。








つまりは。盗賊ロラサンの幼少時、一時期孤児院からオギュに引き取られてた設定があるということで。子どもを手放し切れなかったオギュ、子どもと再会できた代わりに、今後色々な後悔に取り巻かれることになりながらロラサンと暮らしていきます、ていう。その後も機会があればつらつら書いていく予定です\(^o^)/






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