Cー2「仲間にする件は本気で考えとくから。じゃあ、今日はそういうことで」 うるさかった沈黙を一瞬で黙らせると、俺はイヴェールの胸を突き返して拘束から逃れた。いくら男であるイヴェールの方が力強くても、不意、もしくはナイフでもつけば勝てないこともない。ナイフは流石に出さないけど。 「早く帰れよ。これから彼女を心配させるようになるかもしれないんだから。今のうちに安心させとけ」 そうだよ、忘れてた。俺はイヴェールを忘れられない。でも、前みたいな関係には戻れないのだ。自分で繋がりを切ったんだから。振ったからには振ったなりのプライドを保たなければ、惨め過ぎてどうしようもならない。滑車は相変わらず回り続けている。決死の覚悟で背を向けようとした俺に対してのイヴェールの反応は、それでもやっぱり予想外のものだった。 「しまった」 午後の風は夕方に誘われて冷たく、服の隙間から入り込んできて寒い。人気のない公園に交わされるの会話は、よろけたイヴェールの「しまった」の一言で少し停滞した。俺にはそのニ、三秒で一気に恐怖が募る。何に対してのしまった、なのか。返答次第では俺は立ち直れない気がする。折角この場から離れようとしていたのに、足が固まったように動かない。代わりに指の先端がかすかに震えた。 続いたイヴェールの言葉は、ある意味で立ち直れない程の衝撃をもたらす。 「婚約者の話、あれ出鱈目だから」 「……?」 「でたらめ」 「…そうか、でたらめか……、っ出鱈目!?」 「……予想通りの反応ありがとう。そうだよ、出鱈目だ。あっちの家が勝手に申し込んできて、勝手に騒ぎ立てただけ。先にこっち話しておけば良かった」 イヴェールは本当に珍しく、小さく舌打ちした。ちょうど夕陽が木々を抜けて、顔を見せる。熱いほどの西日が、隙間の冷たさを問答無用で連行していく。離れた距離は、その分だけイヴェールが詰めた。 「確定事項で進められて腹が立ったから、その家の裏部分を掘り当てて突くのに一週間かけたからな…。ごめん、だからお前を捕まえるのがこんなに遅くなった」 信じていたことの呆気ない崩壊ほど、混乱を導くものはないと思う。イヴェールが暴露した事実が現実ならば、じゃあ俺がひたすら悩んでたこれまでの苦労はどうなるんだ。とくにこの一週間。 ふいにイヴェールの顔が近づいてきて、文句を言う暇もなく目元に口づけられる。目に見えて分かる俺の混乱を収めるため、と気付かないほど鈍くはないつもり。久しい感触に、安堵感とセットで涙が一緒についてきた。ぽろぽろ流れるものは、一筋じゃ止まる気配がない。止める気力も残ってない。 これには流石のイヴェールも慌てるらしく、ぎょっとした顔が見もので笑えた。普段澄ました顔が多いから、余計に面白い。これが世間で言うギャップ云々なんだろうか。 「サン!」 「…ちょっと、気が抜けただけ」 「…そうか」 無言の指が俺の癖毛をくしけずる。何回も往復していくそれを目を閉じて享受した。 これまで我慢して張りつめていたものが、風船がしぼむスピードで消えていく。あそこまで悩んだ自分が馬鹿を通り越して滑稽に思えてきた。そして最後までしぶとく残ったのが、少し色を変えた自業自得の不安。けどそれも、唇に軽くキスをされたことで少しづつ薄れていく。 「サンを引き留めたくて最初に仕事の話を持ち出したんだけど、失敗した。順番逆になったけど…聞いてくれるか?」 「うん」 ゆっくり目を開けると、夕日が濡れた瞳にまぶしすぎて痛かった。 「あれだけ盛大に振られても、僕はサンの事が好きだよ」 「しーえーるー!」 「あ、サン!うまくいった?うまくいったわよね?」 「…何でそんなに楽しそうなんだ」 イヴェールとの再会から数日後、俺は商店街が昼休みに入る時間を考慮して幼馴染を捕まえた。花屋で働いている彼女は、俺の手をじっくり見て本当に楽しそうに笑う。 「だって、嬉しいのよ。あれだけ女としての幸せに興味がなかったあなたが、まさか私より先に、ね。」 「それだけじゃないだろっ!イヴェールにわざわざ会わせたの、シエルじゃん…」 「そうね。パーンが、サンの恋人の彼と面識があって良かったわ。こんなに嬉しい手助けが出来るなら、これからも何だってするわよ!」 俺は瞬時に出てきた名前の顔を思い浮かびああらせる。そういえばイヴェールと付き合う前、さんざんそいつに迷惑をかけた覚えがあるような。いつの間に本人と知り合いになっていたんだろう。 シエルは、柔らかくて女の子らしい手で俺の頬を挟み、額と額を合せる。俺もそのおまじないみたいな行為が好きなので、黙ってされるがままになる。 「本当によかった…。いつも、危険なことして帰ってくるから、これでちょっと安心ね。やっとサンを守ってくれる人ができたんだもの。……笑って、サン。あなたが笑ってくれると、私も幸せよ」 「…ありがと、シエル。シエルも、幸せになれよ」 「もちろん。あなたたちよりも、あの人と熱々カップルになるんだから!」 二人で顔を見合わせて笑う。俺の指には、約束を縛り付ける細い銀色が、空の青さを反射させて緩やかに煌めいた。 何というシエサン百合落ち……\(^o^)/ もう、切羽詰まってるが故の超展開が非常に申し訳ないですorz だけど乙女思考倍増のロラサンは楽しかった。ていうかイヴェールがでれると、半端なくいちゃつくことが身に染みて理解させられましたのであった、まる。 次は妊娠ネタ突入して、できたら始めて会った時のも書きたい…(^q^ にょたえろは……数か月お待ちくださいとしか…← ←back to bun2 |