"I love you!" is the strongest word!! U ――問題の解決は、先ず原因を探ることから始まる。古代魔法に神聖魔法、果ては家庭の医学まで、手当たり次第に文献を漁ったが、その数が百を超えても原因は遂に分からずじまいだった。目に見えて落胆するウルを連れて図書館を出たものの、かける言葉が見つからない。 「ウル…」 「…俺は、一生このままなんだろうか」 「大丈夫だよ。言っただろう? 憑依魔法が原因である可能性も捨てきれない。落胆するのはまだ早いよ」 逆にいえば憑依魔法が原因で無い場合も多分にあるのだが、花開く笑みでそう言うとウルは納得したらしく顔を上げた。 「確かにそうだが…こんなことは初めてだ。陽界と陰界で勝手が違うのだろうか?」 「ああ、確かにそれはあるだろうな」 「…もしそうだとしたら、俺達にはどうにも出来ないな」 ウルの瞳が失望に翳り、アークはそれを見て胸のあたりに痛みを覚えるが、しかし尤もな意見だ。それなら資料が無いのも頷ける。アークは何も言わずにウルの手をとり、きゅっと握って自室までの道を辿った。 無駄に荘厳な扉を開き、中へ入る。今のウルに椅子は高すぎるので、ベッドの縁に座らせた。窓の外を見ると既に夜の帳は落ちきっている。朝から何も食べずに図書館にいたのか。今度ばかりは、集中すると周りが全く見えなくなる己に少し呆れた。 「今日はここで夕食を摂るよ。運んでくるから、少し待っててくれ」 「もう夜だったのか。すまない、気がつかなくて…」 「気にしないでくれ。大したことではないから」 「――、」 ウルを取り巻く雰囲気が変わった――怒っている、と認識した瞬間、勢いよく扉が開く。 「アーク!」 「ウル!!」 ばんっ、と大きな音を立てて部屋に入ってきたのは、ドウマとクローディアで。 「ドウマ? クローディア? どうしたんだ、そんなに血相を抱えて…」 「どうしたもこうしたも無いわよ! 今日一日、姿が見えなくて心配したんだからね!」 勢いよく捲し立てるクローディアを、ドウマがまあ落ち着け、と宥める。 「ところで、そのガキはどうしたんだ? ウルの親戚か?」 「きゃあ、何この子! かっわいー!!」 丁度アークの陰に隠れて見えていなかったのであろう、「子供」に気づいたクローディアがベッドに座る彼を思い切り抱きしめた。 「クローディア、離してやってくれないか。ウルが窒息する」 「うる…?」 「ああ。その子供は、ウランボルグなんだ」 「あまり子供子供と連呼するな…」 クローディアの胸で、苦しそうなウルが小さく呟く。ドウマが思わず大声を上げた。 「そのガキがウルだって!?」 「その通りだ。原因を探るために図書館で文献を紐解いていた。私の予想では、これは憑依魔法に原因があるのではないかと…」 「そんな事ってあるのかよ…」 信じられない、という表情のドウマに、私だって信じられないさ、と心の中で呟く。と、クローディアがアークを振り返った。 「それで、今日一日ご飯食べてないって訳?」 「ああ。ずっと図書館にいたからな。今、夕飯を取りに行こうと…」 「…ねえアーク。あなた、今何時だと思ってるの?」 クローディアの声が怪訝に曇る。何時って――と時計を見ると、それは夜の十時を示していた。 「――こんな時間だったのか…」 「台所にだって、スープ一滴も残って無いわよ。待ってて。今、なんか適当に作ってきてあげるから」 「ありがとう、クローディア」 すまない、と軽く頭を下げると、彼女はにっこり笑って部屋を出た。 「ったく…原因調べるにしても、時間ぐらいちゃんと見とけよな。集中すると時間も忘れるんだからよ。――時に、ウル」 ドウマがにやにや笑いを浮かべてウルを見る。ウルは訝しげにその言葉に答えた。 「なんだ」 「可哀そうにな〜、アークを抱きしめらんなくて」 「…そうだな」 「お? なんだなんだ、やけに元気が無いじゃないか。そんなにショックか? まあ、憑依魔法が原因なら時間が経てば元に戻れるだろうよ」 「……ああ」 「んん? なんか怒ってんのか?」 ドウマの言葉の直後、アークはウルの視線を感じた。ウルに怒られる心当たりの無いアークは、ただ戸惑うばかりだ。 「いや…何でもない」 「そうかあ?」 「ああ」 ドウマとウルが半ば一方的な会話を交わしていると、部屋の扉が開いた。クローディアだ。彼女の持ったトレイには、ほっこりと湯気を立てる皿が乗っている。 「お待たせ! 本当に簡単なものだけど…」 彼女からトレイを受け取って皿を覗き込むと、それは野菜スープだった。 「いや、十分だよ。ありがとう」 「これぐらい何でもないわ。――もう夜も遅いことだし、私達は戻るわね」 「おお、そうだな。二人の無事が確認できればそれで良かった訳だし」 就寝の挨拶を交わし、ドウマとクローディアの二人は部屋から出ていく。――さて、とトレイを机に置き、ウルと向かい合った。 「何故、君は私に怒っているんだい?」 「…それより、まず食べてくれ」 ウルにスプーンを差し出され、アークは躊躇いがちにそれを受け取る。言われるがままにスープを掬い、喉の奥に流し込んだ。熱い液体が胃に落ちると、それだけでなんだか人心地ついたような気さえする。大して量の多くないスープを数分で飲み干し、再びウルと向かい合う。 「これでいいかい?」 ウルはコクンと頷いて口を開いた。 「――アーカンジェルは、もっと自分を大切にすべきだ」 いきなり何を言うのかと思ったら。アークは小さくため息をついてウルの隣に座る。 「十分してるつもりだけどね」 「一日中、飲まず食わずでいることは『大したこと』じゃないのか?」 そのことか、とアークは此処にして漸く合点がいった。自分の身を案じてくれるウルがどうしようもなく愛しくて、思わずその小さな身体を抱きしめる。 「アーカンジェル?」 「心配しないでくれ、ウル。私より、君の身体の方が『大したこと』じゃないか。私は、君のためなら断食すら厭わないさ」 「そんなこと言って…俺の寿命を縮ませないでくれ」 炎烈王にも同じことを言われたな、と思い出して、矢張り血は争えない事を知る。なんだかんだ言ってもウルは彼によく似ていた。そう思うと知らず知らずの内に笑みが零れる。 「…なんで笑うんだ」 「いや、何でもないよ」 「嘘だ」 「嘘じゃないったら」 そう言うアークは未だゆるりと笑みを湛えている。やっぱり何かあるだろう、とぼやくウルを解放して、小さく口付けた。 「私が君に嘘なんて吐くはず無いだろう?」 言って、笑みを深める。 「…何度でも言うが、」 ウルの様子は真剣そのものだ。そんな真剣な顔で、何を言うつもりだろう。 「アーカンジェルは、ずるい」 「――何度でも返すが、それを言うなら君だってずるいじゃないか」 ウルに掠めるような口付けを落とし、アークは続ける。 「どんな姿であろうと、私は君を愛してるよ」 「それは俺とて同じだ。…だが…」 「大丈夫。人間がいくらドラゴンより弱いといっても、一日断食したぐらいじゃ死なないよ。それより、今日はもう寝ないかい? いつの間にかもうこんな時間だ」 まさか子供はもう寝る時間だよ、とは言えず、なるべく当たり障りのない言葉を慎重に選ぶ。着替えるべくベッドを立ったアークを見て、ウルは頷きながらシーツを整える。が、どうやら大きいシーツに悪戦苦闘を強いられているようだ。それでもシーツを整える健気な後ろ姿すら愛しくて―― 嗚呼、何度彼に惚れ直せばいいのだろう。 晴らされるはずの無い積年の疑問を胸に、アークはそっと溜息を吐いた。 了 |