後編



「はいよ、お待ちどうさん」

鬼道の前に差し出されたのは、味噌ラーメンと半チャーハン二つ。湯気が立つそれを慎重に受け取って、机の上に置く。半チャーハンはそれぞれ円堂と豪炎寺の奢りだ。カウンター席で鬼道を挟み両隣に座っていた二人の分も次々と並べられ、誰に倣ったわけでもなく手を合わせる。

「おー、美味そう!」

豪快に音を立てながら食べ始めた円堂を横目に、鬼道はチャーハンに手をつける。成程、染岡がチャーハンにされた理由が分かる気がした。空腹も手伝って、鬼道は黙々と蓮華を進めた。しかし至福かつ平和な時間をこの二人に求めてはいけない。まだ半分も食べきらないうちに、突然目の前を箸が右に横切った。それは素早く煮卵を連れて元の場所へ戻る。ラーメンにされた右隣の豪炎寺の塩ラーメンから煮卵が消えて、代わりに円堂の口の中に消える。その様子を豪炎寺はちらりと見るだけで黙っていたが、流石は炎のエースストライカー、やられっ放しではない。彼は絶妙な間を置いて箸を左に横切らせた。今度は油断していた左隣の醤油ラーメンからチャーシューが全て消える。円堂は黙っていられずに、がたがた立ち上がって抗議した。

「ちょ、豪炎寺、折角楽しみに取っておいたのに!」
「先にしかけてきたのはお前だが」
「だって、俺、鬼道とお前に奢ったせいでラーメンしか食べられないんだぞ!?煮卵くらいもらってもいいじゃん!」
「自業自得だ」

大人げないやりとりを両隣で交わすのはやめてほしい。鬼道はそんなことを思いながら、二人の視線が上向いているのをいいことに、塩と醤油の両種類からメンマを奪い取った。チャーハンが美味しいのは今日の新発見だが、ここのラーメンのメンマは元から好きなのだ。これくらいは許してくれるだろう。わいわい騒ぐ馬鹿を止めろと再び響元監督の視線が刺さるが、馬鹿に食事を邪魔されたくなかったので、鬼道は食べ続けることを選ぶ。

しかし、馬鹿なことで騒げる程に、この二人が仲の良いことを考えると、僅かに疎外感のようなものを鬼道は感じる。それはそうだ。円堂は弱小だった雷門中サッカー部に豪炎寺を強く望み、豪炎寺は高い障壁を前にしながらも最終的には円堂と戦うことを決めた。二人には他人が干渉できない絆が根底に横たわっている。対して鬼道は最初こそ自分の望みを叶えるためだけに、この二人と同じボールを蹴っていたのだ。例えゴールと先陣の中間にいても、前後の二人とは違うフィールドに立っている錯覚を覚えることがある。司令塔として大局を眺めることに努めていることもあるだろうが、円堂と豪炎寺の背中を預ける信頼関係が少し羨ましいのかもしれなかった。

少し前に円堂の幼馴染でもある元陸上部のDFは、この馬鹿二人に自分も加えていたようだけど、この二人の間に介入するのは不可能だ。
らしくもなく変なことを考えてしまった鬼道は、残りのラーメンを片づけるため箸に持ち替える。その二人が絶品メンマの消失に悲鳴を上げた頃には、鬼道は三つの皿を全て綺麗にしていたのだった。





**************





気づけばチャーシューもメンマもなくなっていて、円堂は涙目で麺だけのラーメンを啜った。麺だけでも美味しいのが幸いである。

ぎゃあぎゃあ騒ぎを止めたのは、放置プレイを決め込んだ鬼道ではなく結局この店の主だった。使い古したお玉を渾身の力で振り落とされて、現石頭キャプテンは勿論、豪炎寺は余計に悶え苦しまずにはいられなかった。流石、元祖石頭。円堂は更に響元監督を尊敬した。

「俺、チャーシューもメンマも大好物だったのに……」
「俺も煮卵が結構好きだった」
「これ以上ぐだぐだ言ってると、また響監督から拳骨くらうぞ」

空っぽだった腹が満たされ、それぞれ会計を済ませて外に出る。円堂は大声で「また来ます!」と叫んで暖簾をくぐった。夜風は湿気が抜けて冷たく、扇風機が回っている店内より余程涼しい。三人は何を言わなくても並んで駅の方向へと歩き出した。

「夕飯残ってるかな……。ラーメン一杯だけじゃ足りない」
「逆に俺は食いすぎた。明日起きたら胃がもたれそうだな」

円堂と鬼道はじろりと豪炎寺を見やる。最終的に、丁度良い量をメンマ以外の損失もなく完食できたのは豪炎寺だけだった。二人分の恨みがましい視線に突っ込むわけでもなく、豪炎寺は飄々と腹をさする。

「また今度三人で来たときは、平和に食べれるように努めるしかないな」

円堂はそれもそうだと同意し、珍しく驚きの表情を見せる鬼道に首を傾げた。しかしその表情は一瞬だったので、問い詰める程でもないかと流す。




その後他愛のない会話を交わしながら、円堂はうずうずしていた。サッカー部がそもそも廃止されそうになったこと、豪炎寺の圧倒的強さに惹かれ勧誘しまくったこと、絶体絶命のピンチに現れた鬼道の頼もしさのこと。三人でこうして顔を突き合わせているだけで、今までのことが胸の底から湧き上がってくる。宇宙人の襲来、世界への挑戦もあったけれど、円堂の思い出になったサッカーにはメンバーを始めこの二人が強烈に印象付いていた。だから、円堂がサッカー馬鹿らしく折に触れてサッカーサッカーとボールに打ち込むのは、実は彼らの所為でもあるのだ。

豪炎寺と鬼道は、ふと無言になったキャプテンを訝しげに見る。円堂は、エナメルバックから徐にとあるものを取り出した。――それは、雷門中と書かれた白黒のサッカーボール。

「……円堂」
「お前……」

二人は呆れた顔で項垂れた。しかし結局同じ穴の貉、豪炎寺も鬼道もサッカーが好きで、心強い仲間とするサッカーがもっと楽しいことを知り尽くしていた。円堂はにっと笑う。門限まで、まだ時間がある。

「豪炎寺、鬼道、サッカーしようぜ!」










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