暑い日の対処法 体内時計に忠実にぱちりと目を覚まし、まだ働いていない頭を叱咤するように身体が勝手にベッドから降りた。そのまま窓際まで歩き、簡素なカーテンを開けて窓を開ける。 瞬間、サンの脳みそがきっぱりと覚醒した。 暑い日の対処法 起き抜けだというのに、サンは絶望の淵を彷徨っていた。開け放した窓からは、むわっと熱気が押し寄せてくる。頬を撫でる、などという可愛らしいものではなく、どちらかというと、べったりと纏わりつく、と表現した方が的確なその熱風の中、サンはのそのそと思考を廻らした。 昨日までは例年通りの気候だったのだ。冷涼で過ごしやすい、いつもの仏蘭西。それが、今日はいったいどうしたことだろう! 燦々と照りつける太陽が恨めしく感じるほど、気温は上昇している。気温は三十度近いのではないだろうか。とにかく暑い。せめて雨――否、曇ってくれればまだマシだったかもしれないが、空を見る限りその確率は哀しいほどにゼロ。所詮は降るか降らないかの二択だ、などと自分を奮い立たせることすら不可能な、抜けるような青い空。雲ひとつなく澄みきった空がひどく忌々しい。 今日は仕事も入ってないし、大人しくしてるか、とサンが窓を閉めた途端、背後から声がした。 「サン…何で窓閉めたの…」 「うわっ! イヴェール、起きたのか?」 地を這うような声は、紛れもなくイヴェールのものだ。寝起きであることはその声から明らかで、彼の声は本来ならばもう少し高い。恐らくまだ完全に覚醒しきってはいないのだろう。 「窓開けてよ…風が来ないだろ…」 あんな熱風でも、一応は役に立っていたらしい。息も絶え絶えに風を求める彼に風を送るべく、サンは慌てて窓を全開にした。盛大な音と共に開けられた窓の向こうの世界はしかしもう完全に凪いでいて、イヴェールが所望していた風は、窓を勢いよく開けた際の風圧くらいしか得られなかった。 「異常気象だな、こんなに暑いなんて。イヴェール、取り合えず氷でも含んどけ」 開け放した窓はそのままに、サンは冷蔵庫から氷を一欠けら持ってきてイヴェールの口に押し込んだ。 「まだ暑い…」 「暑いのは皆同じだっての」 俺だって暑い、と呟いて、はたと気がついた。 「イヴェールって、体温低かったよな」 にっと口角を上げると、イヴェールは片目を眇める。 「何が言いたい」 何が言いたいかなんて、分かってる癖に! 肩を竦めたサンは、 「こーゆーことさ!」 ぎゅ、と薄着のイヴェールに正面から抱きついた。そして満足げに頷く。 「おー、夏でも低体温は健在かー」 「あ、つ、い! 離れろ!」 サンが体温の低いイヴェールに抱きつく分には良かったが、決して低いとは言えない体温を持つサンに抱きつかれたイヴェールは溜まったものではなかったらしく、増した暑さと鬱陶しさを喚く事で散らそうとしていた。 「離せ! 暑苦しい!」 「俺は暑苦しくないもーん」 「もん、とか使うな気色悪い!」 「喚くと余計暑くなるだろ、静かにしてろって」 腕の力を微かに緩めて呆れたように呟くと、イヴェールは返す言葉も無いらしく大人しくなる。諦めたかな、と端正なその顔を覗き込むと、イヴェールは色違いの宝石を疲労で縁取って綺麗な唇を歪めた。 「イヴェール?」 「そっちがその気なら、」 自嘲とも不敵とも取れない笑み。 「こっちにも考えがあるんだからな」 ぐっと宝石が近づく。何を、と思った時にはもう唇は彼の唇で塞がれていた。閉じる暇も無かった唇の隙間から硬い何かが送られてくる。――冷たい。 サンが完全に氷を口に含んだことを確認したイヴェールは、すっかり冷たくなっている舌でサンの唇をぺろりと舐めてからゆっくりと離れていった。 「せめてちょっとでも身体の中から体温下げろ」 気休めだけど、と言ったイヴェールの目尻に、朱が淡く滲んでいる。 「…ばか」 サンは、氷を含んでも熱を下げようとしない口腔で氷を転がしながら、 「恥ずかしいならやるなっての…!」 彼の銀髪をひと房、ぴんと引っ張って笑った。 一陣の風がカーテンを揺らし、部屋の中をさあっと通り抜ける。僅かに下がった部屋の温度に、暑い日も悪くないかもな、とサンは心の隅で思った。 了 *** 岡谷さんに捧げるSHより盗賊(イヴェサン?サンイヴェ?)です。甘い甘い^q^ 10/09/20 花桜 |