※彩雲国。絳攸の短い話




空から舞い降りる牡丹雪は日を追うごとにか細くなり、今は小指程の小さな粒が風に乗って遠くから運ばれてくるのみとなった。寒暖差はあるものの、空気も凍てついたものから柔らかく綻ぶ日和も時折顔を覗かせる。

回廊をかつかつ歩いていた絳攸は「そういえば」と顔を上げ、庭院に目を向ける。彩八家が一、その中でも圧倒的権力を誇る紅の一族の長に相応しい様相を保った広く美しい庭院。いや訂正が一点、紅の一族の長の“の”と長の前に(元)を付け加えよう。絳攸的には内心の呟きであろうとも元の前後に括弧は外せない。

兎も角豪奢で悪く言えば業突く張りな、本当に物は持ち主に似るというか、例え家主が手入れに対して一言も声を掛けていなくとも、彼の人に瓜二つな庭院であった。池は蒼天突き抜ける昊を写し、季節毎に木々や花々が彩りを添える。絳攸としてはこの門を潜り長い時間を過ごしたというのに、未だ肩身が狭まるような思いをこの庭院に感じていた。だが決して好まないという意味ではなく、絳攸の引け目を完全に取り払えば、寧ろ人の目を掴んで離さないこの景観を絳攸は好んでいた。室に籠って窓からこの景色を独占し、盃を傾けるのが絳攸の一人酒である。

気づけば絳攸は完全に足を止め、庭院を夢中で見つめていた。季節的にはそろそろ桃の開花の頃である。去年までは何故か此処に一本も植えられておらず、李の姓を賜って後は馬鹿な邪推もしたものだ。庭院に最初から一本も生えていない桃の木は、絳攸の足場のない生い立ちを思い起こさせるに容易で、桃の季節が来ると、他で咲き誇る朱を清水で溶かした淡い色に飽きもせず鬱々としたものだ。

しかしその美しい季節の花を楽しめなかった理由を知った今は、沸々と腹の底に湧く喜びが溢れてあの人らしい、との呟きが吹きこぼれるだけ。そして今年は既に開花した梅に並んで、若い苗木がしゃんと一つ。

絳攸は人知れず静かに微笑った。







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