「熱出てるな…。風邪か?」

冷たい手の感触が顔を掠めて、うとうと漂っていた意識を浮上させる。囁き声は多分夜中じゃなければ聞き逃していたもので、部屋どころじゃなく街全体が眠りについているからこそ、よく響いた。薄ら瞼を持ち上げれば予想を裏切らず(いや、蝋燭の光がぼんやり部屋を橙色に染めているのは予想外だった)、相方の白い顔があった。どうした?と口を開こうとして走った痛みに、吃驚して体を起こす。すると、今まで平気で眠れていたことが不思議なくらい、口の中を鈍い痛みが絶え間なく襲い始めた。痛みの元は歯じゃない。直感的に思っても、どうしようもなかった。ふと、さらりと髪を撫でられて、俺は相方の存在を思い出す。

「大丈夫?熱出てるみたいだけど」

言われてみれば、全身がだるくて頭も痛い気がした。でも、それより口の中が痛かった。意識すれば意識するほど痛くなる。思わず目の端がじんわり濡れても、おかしくはない痛さだ。そこでぎょっとしたのは、イヴェールの方。

「ろ、ローランサン?」
「……口、痛い…」

言葉は、まるで固いトゲのように患部を刺激する。それきり口を閉ざした俺を見て、イヴェールが必死に首を傾げた。熱っぽい頬をぽろぽろ流れる涙が、冷たくて気持ちいい。起き続けるのすらだるくて、ベッドに腰掛けていたイヴェールの体に寄りかかる。イヴェールの体温も冷たくて、目を細めた。あ、こいつ何か良い匂い。

「口、が痛いの?頭じゃなくて」

返事の代わりに、良い匂いの元へ頭を擦りつければ、イヴェールが考え始める。数十秒逡巡して、納得のいく答えが脳内検索でヒットしたのか、イヴェールはこちらを覗きこんだ。

「ローランサン、口、開けられるか」
「……んー」

口を開くのも、一苦労だった。目を鋭くして観察していた相方だったけれど、やがて「もういいよ」と頭をなでられ、そうっと口を閉じた。そろそろ視線を合わせれば、イヴェールは複雑な顔で口元を緩める。

「多分、親知らずだと思うんだけど」

何それ、という疑問が伝わったのか、イヴェールは滔々と説明を始める。曰く歳をとってから生え始める歯のことで、人によっては横向きに生えたり一部しか生え切らなかったりするらしく、高熱を出すこともあるそうだ。厄介な、と聞いた瞬間思った。

「取りあえず明るくなったら、良い治療法があるか調べてみるから」
「仕、事」
「ああ、別の日でも出来る件だし、休みがもう一日延長されたって思えば良い」
「……」

イヴェールの袖元をぎゅっと握れば、橙に照らされ濃い色になった宝石が瞬く。一拍置いて苦笑して、「どういたしまして」と言った。








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