A




(暖かい)
(懐かしい)
(この気配は、)
(人の…?馬鹿な、僕は)
(僕は、彼処から出られないはず)



ぱちぱちと暖炉が燃える音が、沈んでいた意識を引き上げた。小さな思考がとりとめなく漂う。開いていこうとするまぶたに逆らわず目を開くと、自分が最後に見た光景とは違う景色がそこにあった。


「あ、目が開いた」


まだ若い人間の顔が、目の前に。

「!?」


お腹から心臓が飛び出るくらい驚いて、跳ね起きようとした。けれど手で全身を抑えつけられていて動かせない。まずい。この姿、のままではどんな事されるか分からない。最悪皮をはぎ取られて売り飛ばされる。冗談じゃない。こんな所で死んでたまるか。焦ってもがいていると、人間は慌てて抑えつける力を強くした。


「暴れんなって!お前、怪我してるんだから手当てしないと、」

(怪我?)

怪我の二文字が記憶に引っかかって、意識を気が失う前までに遡らせる。僕が大人しくなって安心したのか、人間の手もだんだん緩んでいった。


(怪我。そうだ、怪我をしたんだ)


僕を捕えてこの姿にした女王が統べる、あの森で。耳の奥でまだ艶美な笑い声が響いて、背筋が震える。
 確か、更に森の奥底へと引きずり込もうとする彼女から何とか逃れようとした時に怪我をしたような。走って走って、彼女の力が一番増す夕闇が、空に降りる前に少しでも離れたくて。怪我も構わず走り続けているうちに、奇跡的に森の出入り口まで着いて、安心したら一気に力が抜けた。それ以降の記憶はない。


「足元とか血が結構でてたし。これ、数日は歩けないだろ。今のところ俺は食うものに困ってないから、取って食いはしない。しばらくここで休んでいきな」


数日間。僕は足元に包帯が巻かれているのを見て、そこがぴりぴり痛むのも確認して、どうやらこの男の言うことが本当なのだと知る。僕をどうにかするつもりがあるのなら、ここまで丁寧に治療なんかしないだろう。
 なら僕は、無意識に森から出ていた所を保護されたのか。恐る恐る頭を撫でてくる手に警戒しながらも振り払わないでいると、男は安心したように小さく笑った。笑うと印象が幼くなって、一瞬じっと見つめ返してしまう。


「お前、賢いな。何だか俺の言ってる言葉が分かってるみたいだ」

(それぐらいわかる)

「毛もふわふわで綺麗だし。…雪みたい」

(お前だってふわふわで雪みたいな髪してるんだけど)


男は楽しそうに僕に話しかけた。僕の思ってる事がこの男に伝わらないのがもどかしく思える。


「そうだ、名前!数日間ここに居るんなら、名前ないと不便だよなっ…と、その前に俺の名前。俺はローランサン」

(ローランサン…?)

「お前はー、えーと雪みたいだからネージュ…はそのまますぎるか。じゃあ、そうだな…うーん」

(おい、僕にはちゃんと立派な名前があるんですけど!勝手に決めるな!)

「よし!今は冬だからイヴェールでよくね?」

(っ!?)


その名前は。

男、ローランサンがぴったり!と笑い、連呼するたびに身体が異常に熱くなってくる。まるで足元を覆う氷が、太陽の熱で溶けて水になって行くような感覚。呆然とその感覚を追っていると、ぐん、と熱が急上昇して視界が真っ白になった。


「え、おい、どうした!?」

(こっちが、聞きたい…!)


僕は身体を出来る限り丸めて歯を食いしばった。この感覚、そういえば昔、かなり昔に味わったことがあるような。ローランサンは慌てて「イヴェール!」と叫ぶ。その直後、思考をも塗りつぶす銀色の光が身体中をやいた。









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