「いや、これありがとな」 「おうよ」 運動部にとって貴重な水分をこんなことに使って申し訳ない的なことを言うと、何故か頭を軽く叩かれた。だって吐きそうになった奴の飲みかけなんだぞ、普通飲み回しは嫌なんじゃないか。エレフは俺の内心の疑問を見抜いたのか呆れたように首を振った。 「俺は気にしない。それよりお前、調子悪いの?」 「あー、最近、何か悪いかも」 「食欲不振と吐き気、他には」 「……それぐらいだな」 嘘だった。定期的に吐き気を覚えるようになったのは一か月前だったけれど、最近はそれに合わせて中々眠れず頭痛もするようになっていた。でも言った所で本人以外にどうすることもできないだろうから言わない。だって俺はこうなっている原因を知っているし、その原因も俺の中にあるからだ。 「イヴェールには言ってあるのか?」 相方の名前に心臓が微かに跳ねる。 「何でイヴェールが出てくるんだよ。奴は俺のママンか」 「同じようなものだろ。ここ最近有名カップルがつるんでないって誰かさんが騒いでたぞ」 「カップルじゃねぇし。誰だよその誰かさん、締め上げたい。……昨日は一緒にいたけどな」 「仲良くマフラー編んでたな」 「……覗き見はんたーい」 ぽかりと逞しい上腕二頭筋を叩くと、ちっとも痛くなさそうにむしろ筋肉を見せつけるかのようにポーズを取られた。べっ、別にその筋肉、羨ましいわけじゃないんだからね。ちょっと分けてくれと思うのは男の社交辞令だろう。 「で、最近つるんでなかったのは、ズバリ」 適当に転がっていた竹刀を口元に近づけられて、インタビューごっこじゃあるまいし、俺は白く毛羽立つ皮の柄を手で払いのけた。しかもいつの間にか話が俺の体調不良から見事に外れてはいやしないか。まあ詳しく追及されなくて助かったけど。 「そりゃ、最近あいつ」 「ローランサン!」 ずぱん、と背後の扉が開いて危うく背後から倒れこみそうになった。何だ、何が起こった、と心臓が固まって動けないでいるうちに、空気を壊した犯人であり話の当本人である闖入者にあっという間に俺の腕を掴まれ立ち上げさせられた。 「ちょっと付き合って」 「おおお痛い痛い痛い肩外れる!!」 いきなり引き上げられた右肩へ走った痛みに涙目になっている隙をついて、奴は180度回転をして逃走を図ろうとした。そしてその企みは成功する。俺はエレフが止めてくれると信じていたからである。しかし実際に彼は、彼のアメジストを丸くして「……お幸せに」と手をひらひら振っただけだった。 <> |