双識さんと家賊(1122ネタ)

す」と医者に告げられた。 おめでとうございます、と言われたかどうか は覚えていない。 渡された母子手帳に罪悪感が重くのし掛か る。 後悔はないし、たった一回と云えど覚悟は出 来ていた。それでも、純粋な喜びのみに心を 躍らせることが出来ないのは。 らんかから事実を告げられた彼は喜ぶでもな く悲しむでもなく、普段通りの微笑を浮か べ、「そうなんだね」と頷いたきり何も言わ ない。 あらかじめこの事態を想定していたようにも 見えるし、予想外の事態に頭が追いついてい ないようにも見える。 言葉を続けるのは怖いが、言わなければいけ ない。 「……産んでも、いいですか」 「…………」 沈黙が痛い。辛い。身体中が炎に晒されてい るようにひりひりとした。それでも、弁解の 言葉なんてものは出てこない。 「らんかちゃんは」 「はい……」 「私がなんて言うと思ったんだい?」 そのときの彼
の表情が、苦しげだから何か言 わなければいけないと思った。何を言おうと したのか分からないまま、ただ口を開いた。 「兄、さ……」 語末は口の中に消えていった。呼吸を全て奪 うような触れ合いに、このまま酸素を失って 死ねるならそれで良いとも思えた。
こんな風に愛されて死ねるならば、と。 けれど今は、生きたいと思う。兄のような、 兄そのものである彼と、お腹で眠る綺麗な子 と、生きていきたい。 甘い。錯覚だと知っている。それでも甘い。 「っ……あ」 「とても嬉しいよ。君の不安も、私が取り 払ってあげよう」 彼の唇が額、頬、首筋と撫でるように触れ た。 まるで王子様だ。過ぎるほど恭しい態度に安 堵した。 もたれ掛かっても良いだろう、この人なら ば。 (私達は何も間違っていない。別に、普通の ことなんだ) 「あ……あははっ……。いいえ、双識さん。 何も怖くないですよ」