転校初日、よろしく、と左手を差し出してきた白石に俺は人生初の一目ぼれをした。
惚れたらおとす、それが今までの俺のやり方で、失敗したことなんて一度たりともない。甘い言葉と優しい笑顔、それと少しの強引さを見せつければ大抵の女の子はころり、だ。自分を偽る事なんてとっくに慣れていたし、別れ際に嘘つきと罵られても別段傷つくこともなかった。はいはい、内心で耳を塞いで外面だけを繕っておけば彼女たちは言いたいことだけ言って去ってくれる。簡単なことだった。
けれど今回ばかりは勝手が違う。なんせ相手は男の子なわけだ。流石に初めての攻略対象なのでどこから接触を図っていいか見当もつかない。ここは卑怯だが弱点や隙を見つけて事を有利に運ぶしかないと決心して1週間め、彼を追う事だけに必死になっていた。2週間めはようやく挨拶以外の言葉を交わす事に成功し、3週間が過ぎた頃にはようやく白石の笑顔を見ることに成功した。けれどその笑顔も別に自分が彼に何かをしてあげた訳ではなく、小春とユウジの漫才を見て笑っているところを盗み見しただけだ。


まったく、俺は一体何をしているんだ。制服の袖に腕を通しながらちらり、と様子を伺うと、目当ての人物は生真面目な顔をして熱心に部誌を書いていた。参ったなあ、ごん、とロッカーにおでこをぶつけながら千歳はここ数週間の出来事を思い起こしていた。
白石をおとすと決意してからもうすぐ4週間、その結果が未だに笑顔を見れただけだなんて。2週間もあれば体の関係までこぎつけることができていた俺にとって最早これは人生の汚点だ。
しかしここで言い訳させてもらえるならば、全て白石に原因があるのだと声を大にして言いたい。彼には驚くほど隙がない。まるで一線を引いたかのような頑な態度で領域へ踏み込むことを拒絶しているようだった。
どうにか現状を打破しなければならない。このままだと俺は初めての敗北を喫することになる。妙な使命感に燃えた心で再び決意を固めた俺はその数日後、白石と二人きりになった部室でようやくキスをする事に成功した。
驚くか、泣くか、怒るか、出かた次第では様々な攻略方法が練れるこの方法に俺は内心ほくそ笑んだ。さぁ、どれが出る。合わせた唇をそっと外し様子を伺えば、いつもとなんら変わらない白石の顔がそこにあった。


「自分、キス下手やなぁ」


ぐわん、と頭にタライが落ちてきたような衝撃が走った。自惚れでも何でもなく、自分は今まで色事には絶対の自信を持ってきたし、される相手もそれを認めてきた。それを白石は軽く一蹴し、あまつさえ、もう良えやろ、どけや、と何事もなかったように俺に接する。ここまでこけにされて黙っていられるか。背を向けてワイシャツをはおる白石を見つめながら俺は静かに闘志の炎を燃やすのだった。