act.3





「と、いう訳なんや」
「なるほど分からん!」


登校中に遭遇した親友に事の始まりを打ち明ければ真剣な眼差しと共になんとも辛辣な言葉が返ってきた。仕方ない、呆れ顔でもう一度「赤い糸」の説明をすれば謙也もまた呆れ顔でこちらを見つめてくる。共に呆れ顔を突き合わせながら、結局好奇心旺盛な謙也が俺の話に耳を傾けるという、常とは逆の形で話は進んでいった。


質問攻めにあいそうだったので、まずはこちらから簡単に「赤い糸」の要点をしぼって伝えていく事にした。まず、この赤い糸は今の所俺にしか見えていない事。そのせいで朝は母親に冷えピタを貼られたり、なんだかんだで心配だったらしい父親に病院へ連れて行かれそうになったりでちょっとした騒動になった。次に、この糸には触れることができない事。試しにつまんでみたところ親指と人差し指の腹の感触しかなかったので、糸は目視だけの存在なのだろう。実体化していたら俺の家のリビングは壊滅状態だったはずなので、その点だけは心底ありがたかった。


「自分のは見れへんの?」
「分からん。っちゅーかほんまに俺の赤い糸ないんかもしれん」
「んなアホな」
「分からんけど言うたやん」


伝えたいことを全て話し終えればご苦労様とでも言うようにふーん、と気の抜けた相槌が横から聞こえる。ふーんてなんやねん、そう言って軽く肩を小突けば大げさに痛がる親友にふん、と視線を逸らす。大体こっちはお前が想像するよりもいろいろ苦労しているんだ。登校してる間にもおびただしい数の赤い糸が視界に入ってきて、そのせいでさっきから頭痛が酷いし。手を絡ませながら歩く目の前のカップルの赤い糸が切れているのが分かってなんとも言えない気持ちになるし。いいことなんてこれっぽっちもない。赤い糸をロマンチックだなんて、俺には到底理解できなくなってきていた。


晴れ渡る青空の下、肩にしょったラケットバックだけが以上に重く感じる。今日だけは来てくれるなよ。普段とは真逆の事を願いつつ白石はそっと黒い革靴の先に視線を落とした。
誰だって、まざまざと失恋を突きつけられたくはない。それに、きっと事実を受け入れるには時間が必要だ。もしあいつが空気も読まずに部活に来て、その糸が俺の目に見えてしまったなら、当分自分らしいテニスはできないだろう。大事な時期なのにどうしてくれるんだと八つ当たりを交えながら千歳に詰め寄れたら、いいのに。
はー、っと地を這うようなため息をつけば隣で謙也が慌てふためく。どうやら自分のせいでため息をついていると勘違いしているらしく凄い勢いで謝られた上、いや、ちゃうし、と言う俺の声も聞かず、アクエリ奢るし!と見当違いの事を言って自らの小遣いを犠牲にしている。この状態でお前のせいじゃないと言っても当分聞き入れられないだろうな、と思った俺はおおきに、と消え入りそうな声で呟いてもう一度ため息をついた。


「でも赤い糸見えるなんてロマンチックやん」


ああ、そういえばこいつもロマンチストだったな。キラキラした瞳でええなー、と連呼している親友を尻目に、俺は脳裏にちらつく千歳の顔を追い払うことに必死だった。今日部活きたら嫌だな、とか。あいつの事だからめちゃくちゃ糸ついてそうだな、とか。多くても嫌だけど、一本だけなのはもっと嫌だな、とか。だって、一本だなんて、それこそ運命の相手みたいじゃないか。
親友のロマンチスト談義を右から左に受け流しながら、白石は不透明な未来にくしゃりと心を潰したのだった。




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