拍手ログの続き



それは白石がリビングで雑誌を読んでいる時だった。テーブルの下に投げ出していた足が急にじんわりと暖かくなってきて、かと思うと今度はなんともこそばゆい感触が肌を襲う。訝しげに思った白石は読んでいた雑誌に折り目をつけて横に置くと、安っぽい白のテーブルに手をつき下を伺った。もぞもぞ、薄暗いフローリングの上には白いふわふわの球体が一つ。正体を確認した白石は口元を綻ばせ、すりすりと額をすねに擦り付けてくる猫を一撫でした。

(ええと、)

屈めていた上体を起こし時計を確認すると針はてっぺんを指していた。どうやら我慢できなくて知らせに来たらしい。悪いことをしたな、と思ってもう一度詫びるように人差し指で顎をなでれば、早くしろと軽く甘噛みをされる。


「はいはい、ちょお待ってな」


台所に向かう間も足元でじゃれつく子猫を踏まないように歩き、戸棚に積まれた缶の中から一つを取り出す。初日に沢山買いこまれた餌も残りは数える程度になってしまった。起きたらアイツに買い出しに行かせようか。あ、ついでに今日のご飯の材料も頼んでしまおう。確か近くのスーパーで卵の特売をしていたはずだ。
かんかん、とスプーンでかきだした餌を目の前に差し出すと、子猫は待ってましたといわんばかりの勢いで皿に噛り付く。良く噛むんやで、白石はそう言ってから膝を折って背中から頭にかけて優しく撫でた。
出会った頃は灰色だったその毛並みは、帰ってシャワーで綺麗に洗うと真っ白になり、俺とアイツを少しだけ驚かせた。ちりん、ちりん。食べる度に首もとで揺れる鈴はあいつが一番最初に子猫に与えたものだ。白い毛並みに赤い首輪、そのコントラストは確かにとても子猫に似合っているように思える。


「…そういえば名前つけんとな」


子猫を拾ってから今日で丁度1ヶ月。このまま名無しというのも可哀想だし名前をつけてあげたい。…のは山々なのだが、いかんせん名前をつけるのが苦手な俺はあまり良い名前が思い浮かばない。


「なぁ、どんな名前が良え?」


最後の仕上げといわんばかりに皿を綺麗に舐めとる子猫は、みゃあ、の一鳴きだけしか返してくれない。うーんと唸りをあげながらエリザベスやらアントワネットやら名前候補をあげていると、ふいに聞こえた別の声がそれを遮る。


「…エリザベスはなかよ」
「起きとったんか、死んでんのかと思たわ」


白石が背中を向けたまま興味なさそうに言えば、大男は伸びをしながらこちらに近寄ってきて白石の向かいに同じようにしゃがみこんだ。その顔は何が楽しいのかだらりとだらしなく崩れている。


「白石を残して死ねん」
「死んどけ」
「酷かー。ついでに白石のネーミングセンスも酷かね」


にこり、微笑みながらそう言う彼の顔面に鉄拳をねじ込み台所を後にした。悲鳴は耳から耳へと受け流してまた椅子に座ると、アイツは懲りずに目の前にやってきて座る。


「白石、」
「……ん」
「俺にも名前つけて欲しか」


鉄拳を受け真っ赤になった鼻で、彼はヘラヘラとそう言った。
止まる時間。落ちる沈黙。
そうだ、俺はコイツの名前を知らない。





改まりまして自己紹介
(よし、ポチでええやろ)
(そろそろ泣いてもよか?)