降りしきる雨がばたばたと勢い良く地面を叩く。まるで嵐のようなそれを小さいビニール傘で凌ぎながら白石は伏し目がちにそっと溜め息を吐いた。あぁ、今日に限ってバイトを入れてしまった自分が恨めしい。気怠げに捉えた視界は1メートル先も見えない程霞んでいる。そんな中でゆらり、黒い人影が揺らめく。視界が悪いながらも目を細めて確認すれば、その影はどこか一点をじいっと見つめてしゃがみこんでいるようだった。

(…なにしてんねやろ)

怖さよりも興味本位が勝ってゆっくり近づいていくと、驚く事にその人物はこの雨の中傘をさしていなかった。全身ずぶ濡れの格好のままで彼はぴくりとも動かない。一体こんな所で何をしているんだろう。しゃがみこんでいる彼を上から見下ろすが一向にこちらに気付く様子はない。気付けば勝手に口が動いていた。


「自分なにしてんの?」


見上げてきた瞳は黒く、まるで黒曜石のような輝きのそれに思わず魅入ってしまった。けれど彼の方は驚いた様子もなくただ一言ぽつりと漏らすのだ。


「こん猫ば拾おうか悩んどったばい」


そう言って視線を戻す。自分もその視線を辿っていけば小さなダンボール箱の中に入った小さな子猫と目があった。けれどもそのダンボール箱は全く濡れていなくて、おや?と思ったが、すぐになる程、と合点がいった。子猫の上には白石と同様透明な空が広がっていた。


「とりあえず、これ以上濡れたら風邪ひくで」
「ばってん…」


渋る彼を置いてこのまま帰ってしまうのはどこか気が咎めたので、自分の傘を少し傾けて中に入るように促す。逡巡した後、彼はダンボール箱と俺を交互に見つめ、それから少し懇願の色が混じった視線でもって俺を見つめてきた。全く、誰がお前だけ来いと言ったのだ。


「早おその子も抱っこしいや」
「え?」
「家行くで」


くるりと背中を向けて歩き出せば数秒後どたばたと後ろをついてくる足音に自然と口角があがった。どうやら面白い事になりそうだ。ともすれば笑い出したくなってしまう状況に知らず心が躍った。




今日は二つの拾いものをした。小さい三毛猫と、見ず知らずの大男。彼らは後の白石の幸せを鮮やかに彩ることになるのだが、それはまだ誰も知らない。