ベッドの上でうつ伏せになって千歳と話していると、いきなり手の中にあった携帯が震え出した。驚いて上体を起こし画面を見ると、そこには次々と懐かしい名前が表示されていって、あぁそうか、時計を確認してようやく理解した。

(誕生日、か)

大学生になった俺たちは、中学生の頃とは違ってそれぞれの生活があって、それぞれの事情がある。当然直接祝う事がどれだけ困難なのかも知っているから、連絡をくれた事だけで幸せだったし、未だに繋がりが切れないこの関係が素直に嬉しかった。

(小春のデコメは相変わらずやなあ…)

届いた個性的なメールを噛みしめるように読んでいき、ちょうど3通目のメールに、みんなでまたたこ焼きパーティーしような!、そんな一言があって思わず小さく笑みを漏らしたら、千歳が携帯の画面を覗き込むように後ろから見てきた。


「誰?」
「金ちゃん」
「なんて?」
「今度たこ焼きパーティーしような、やって」


金ちゃんらしいその文章に千歳も笑みを零してから、付け加えるように「ばってんそれより先に蔵の誕生日パーティーやね」と言った。





携帯がようやく大人しくなってきた頃、腹にゆるりと腕が回る。携帯を横に置いて後ろを窺うと首の少し下、背骨辺りに暖かい感触。多分千歳のおでこだろう。顔は見えなかったが、その代わりに黒いくせ毛が見えた。


「なん?」
「んー、…なぁ、これから久々に飲まん?」
「これからって、明日大学は?」
「代弁してもうらけん大丈夫ばい。蔵もそうしなっせ」
「お前なぁ…あ、ちょお、千歳」


回されていた腕が解かれたかと思うと、次の瞬間には寝室を出ていこうとする千歳に思わず手を伸ばす。けれどこちらの制止の声も届かず、あっという間にその背中はドアの向こうへと消えていった。伸ばした腕は空をきり、ぽとりと膝に落ちる。全く、いつも唐突に物事を始めるのだから困ったものだ。そっと溜息を吐きながら置いていた携帯を再度開き、カチカチとボタンを操作する。

(甘いんかなー)

大学の友達に代弁を頼む旨を伝え、送信完了の文字を確認してから今度こそ携帯を閉じた。





リビングに行くとすでにワインとグラスが用意されていて、こういう時だけ仕事が早いんやな、と小言を言えば満面の笑みでおおきに、と言われた。褒めてへんわ。
席に着くと千歳にグラスを渡されたので少しだけ傾ける。ゆっくりと注がれる液体を見つめている振りをしながらグラスに写る千歳の顔を見つめた。もうとっくに見慣れているはずのその顔に心臓がどくりと跳ねたが、バレないようにすぐ目線を外す。


「蔵、誕生日おめでとう」
「おおきに」


かちん、と小気味良い音を立てながらグラスが重なり、中の赤がゆらゆらと揺れた。口元にグラスを運び一口飲む。アルコールは嗜む程度の自分でも中々に良い物だと分かったそれはちゃっかり俺の生まれ年のもので、ああこういう所が彼のタラシといわれる所以なのだろうと思った。ベタすぎて、でもどうしようもなく嬉しかった。





「ちとせー」
「……ん」


二人で昔話をしながらワインを空けて、これからの事も少しだけ話して、気付けば時計はすでに朝方を指していた。いつもはザルな千歳も、今日は何故だか酔いが回るのが早くて俺よりも早くつぶれてしまった。ああ、もう、こんなデカイ図体を運ぶ身にもなってほしい。誕生日に巨体を担ぐ自分が情けないやらおかしいやらで思わず小さく笑うと、千歳がもぞりとみじろいだ。


さて、とりあえずこの酔いつぶれた恋人を運ばなければ。寝室まで行くのは面倒だからソファでいいか、と千歳の腕を首に回して立ちあがらせる。


「よっと…うわ、重!」
「うー…」
「お前明日からダイエットやな…」


そう言うとふるりと首を振る千歳が何だか可愛かった。そんな事死んでも言わないけれど。

どさっと、半ば投げ出すような形で千歳をソファーに沈める。唸り声が聞こえたがそれは幻聴という事にしておこう。
近くに置いてあったタオルケットを引き寄せ、風邪をひかないように顎の下までそれを被せてやる。世話のかかる奴だと2、3回程千歳の体をぽんぽんと軽く叩いていた所でくらり、と眩暈がした。やはり酔いが回っているのだろう。そっとフローリングの床に座ると丁度目線の先に千歳の閉じられた瞼があって、思わずソファーの縁に腕を預けてそれに見入った。


「ちとせ」
「…ん」


呼べば僅かながら反応を示す彼に口元が綻ぶ。調子に乗って何度も名前を呼べば答えてくれていた声も段々と小さくなっていった。


「ちとせ…」
「……んー」
「俺ん事、好き?」


なんとなく。そう、なんとなく、この心地良い酔いに任せて聞いてみたくなったのだ。別に答えてもらわなくても構わなかった。
ただの気まぐれで、中々言えない本音を言ってみただけ。


「…うん」


だから、答えが返ってくるなんて予想外だった。


「え、」


びっくりして腕に乗せていた顔を少しだけ上げる。けれど目の前には先程見た時のまま何一つ変わっていない千歳の寝顔。もしかして無意識なのだろうか。つんつん、と頬をつつきながらもう一度聞いてみた。


「俺ん事、好きなん?」
「……ん」


また紡がれる肯定の言葉に、今度こそ口から変な笑いが込み上げてきた。だめだ、今日はとことんテンションがおかしいらいしい。恋人の寝顔を見つめながらそっと彼の髪を撫でて、それから小さくおおきに、と囁いた。たまには素直になってみるのもいいかもしれない、なんて思ってみた。


酒臭い部屋の中、カーテンから漏れ出る朝日を背に、そっと唇を押し付けた。





ねぇ、愛してくれてありがとう
(無意識の愛情が最高のプレゼント)



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