おかしい。あの何事も計画通りきちっとこなす白石が、待ち合わせ時間より一時間も遅れている。
珍しく待ち合わせの時間を少し過ぎた位に着いた俺は、先程から携帯で白石に何回も連絡を取っているが一向に音沙汰はない。謙也に白石の自宅の電話番号を聞いてかけてみても二時間前に出ていると告げられ、気持ちは更に悪い方向へ動いた。事故だろうか、それとも変な輩に捕まっていたり、とか。
あり得ない話ではない。ふとこの間彼が痴漢にあったと話していたのを思い出した。勿論完膚なきまでに説教した後警察に突き出したらしいが、それは相手が一人だったから無事だったのだ。何人かに同時に襲われたら・・・、そこまで考えてから嫌な汗がつーっと背中に流れる。
どうにもできない歯がゆさにその場にしゃがみこみ携帯を両手でぎゅっと、祈るように握りしめた。今頃どこで何をされているか分からない白石の事を想いながら、自分の不甲斐なさに嫌気がさした、その時。


「・・・ちとせー?」
「っ、白石!無事やったとね?!」


とんとん、と肩を叩かれ見上げればそこには待ち望んでいた白石の姿があった。それにほっとしつつも詰め寄るようにそう聞けば、彼は一瞬驚いたように目を丸くさせてから口元を歪めた。え、と思う間もなく彼はいきなり腹を抱えて笑いだしたのだ。急な展開についていけずただひたすら笑い続けている白石を俺は茫然と見つめた。


「ぶっ、ははは、はっ・・・あー、・・・くくっ」
「し、白石・・・?」
「あー笑た笑た・・・ふはは」


目じりに溜まった涙をすいっと人差し指で拭ってから、ばんばんっと肩を勢いよく叩かれる。だから一体なんなのだ、全く状況が飲み込めない。目を点にしながら様子を見守っていると、仕返し、とそう一言だけ返された。


「仕返し・・・って、俺なんかしたとね?」
「お前いっつも連絡なしに遅れてくるやん。やから、仕返し」


そう言って白石はふふん、と満足げに笑った後、実はあそこのカフェでずっと見ていたと、待ち合わせ場所のちょうど斜め向かいにある店を指差した。二階に位置しているその店は恐らく俺の行動を全て白石に見せていて、なんだか居たたまれない気持ちになった。もしかして白石は遠くから俺が焦ったり、落ち着かずにうろうろしている様子を見て、こっそり楽しんでいたのだろうか。いや、目の前の表情を見る限り楽しんでいたな、これは。そう思うと羞恥とともに怒りがこみあげてきて、大人げないと思いつつも俺はじとりと白石を睨みつけ口を開いた。俺が一体どんな気持ちで白石を待っていたのかと詰め寄って、素直に謝るまでねちねち嫌味でも言ってやろうかと思った。
けれど、そこまで考えてはっと未だに笑いを堪えている白石を見つめる。そうだ、白石はずっとこんな気持ちで一人待っていたんだ、そう思った途端、申し訳なさと愛しさで胸が一杯になった。してやったり、にやりとほくそ笑む顔もどこか憎めなく思えて、俺は結局苦笑しながらくしゃり、と白石の頭を撫でた。


「・・・でも」
「ん?」
「嬉しかったで」


いつもより少し早口でそう告げられ、ぴしりと固まってしまった俺をよそに白石はずんずんと先へ行ってしまう。行き先も決めていないのにどうするつもりなのだろう。慌てて白石の後を追っていくと、髪の隙間からほんのり色づいた耳がのぞいていて、思わずゆるゆると口元が緩んでいく。全く、最後の最後まで俺の心を引っかきまわしていくのだから、敵わない。
撫でて乱してしまった髪を整える事を名目に横に並び、今日はどこへ行こうかと尋ねれば、水族館!と半ばやけになった声がすぐに飛んでくる。それに分かった、と笑いながら返して一瞬だけ手を握る。なんだか今日は幸せな一日が送れそうだ。