快晴、日本晴れ、晴天、今日はまさしくそのどれもがぴったりと当てはまるような天候だった。
であるにも関わらず、白石は珍しくもカーテンを締め切った部屋でまどろみの中にいた。ふかふかの布団にくるまり時折その感触を確かめるように手を動かす。今日ばかりは時計も見ないふり、そう決め込んだ彼をまるで叱りつけるかのようにカーテンから漏れ出た朝日が彼の瞼越しに眼球を刺激する。眠りを取るか暑さに耐えるか。白石がそんな風に迷っている間にもいよいよ日差しはその強さを増し、とうとう根負けした白石は容赦ない攻撃から逃れるように仰向けになって怠慢な動きで髪の毛をかきあげた。


起きなければという思考とは裏腹に、昨夜の余韻を色濃く残した体は鉛のように重く、正直寝返りをうつのも億劫だ。
久々に火がついてしまった行為の代償に頭を悩ませながら白石は鼻先にシーツを擦り寄せその香りを胸一杯に吸い込んだ。ふんわりと香る太陽と柔軟剤の匂いに包まれながら夢と現実を行き来するこの瞬間は誰しもが幸福になれる時間だろう。白石もまた例外ではなく、誘われるがまま再び現実逃避に興じようかと夢心地のままぽすりと腕をスプリングに弾ませた時だった。

(……ん?)

腕の先、ふと感じた違和感に、白石は閉じるはずだった目をそのままにぴたりと動きをとめた。何かがおかしい。何かが、足りない。釈然としない心持ちで眉根を寄せた白石は逡巡した後ああそうか、一人ごちて今度こそその瞳を閉じた。
ベッドを占領するデカい図体、あどけない寝顔、少し高い体温、そのどれもが今日は見あたらなかった。トイレかシャワーか、はたまた先日のようにベッドから転げ落ちて床にでも寝ているのか。ほんの少し冷たくなったシーツに手を滑らせながら、おもむろに千歳、と小さく呟くと、彼が瞼の裏で優しく微笑む。ああ、幸せだ、このまま寝てしまおうか、なんて思いながら、数秒。

(…アホか…)

冷静になるにつれ柄にもないことをしてしまったと少しの照れくささが胸を襲う。熱が灯った頬を隠すように手の甲で押さえつければ、ぎしりとマットが軋みながら沈んだ。


「なんばしとっとね」


笑いを含んだ声にぴしりと体が固まる。一体いつからいたのだろうか。自分はこの声に非常に覚えがあった。そして声の調子からいって、まず間違いなくさっきの自分の百面相は見られていただろう。
そう自覚した途端、先ほどとは比べ物にならないくらいの血がぐわんと猛スピードで全身を駆け巡る。とっさに枕に顔を埋めて時間稼ぎを試みてみるもいつまで持つか分からない。叫びだしてしまいたい気持ちを抑えこみながら、どうか千歳が先ほどの自分の顔を見ていませんようにと汗ばむ手で枕を握りしめた。


「朝から楽しそうっちゃね」


さらりと髪の毛を梳く指が妙に優しい。くそ、とてつもなく恥ずかしい。大声で違うんだと言いたい。お前が考えているような事なんて一切考えてないと、この手を払って全否定してやりたい。全身がむず痒くなるような、大切なものを見るような、そんな眼差しを向けてくる千歳に勘違いするなといつもの調子で言ってやりたい。
それほどまでに、まどろみの中で千歳の名前を呼んで幸せな気分に浸っていた自分が、白石は信じられなかった。


「蔵、朝ご飯ば作ったけん一緒に食べるばい」
「……」
「顔あげてくれんと寂しか」


つむじに何かが触れる。それは次に後頭部、耳、頬へとおりてきて、まるで早く顔をあげろと言わんばかりにしつこく繰り返される。それが少しくすぐったくて、観念したように目だけをちらりと千歳に向けると、真上に居た彼は相変わらずの笑顔でそこにいた。


「アホ面…」
「男前の間違えやなかと?」


千歳は笑いながらそう言って何度も白石の薄茶色の髪を梳く。可愛げのない言葉しかかけられない己をいつも受け止めてくれる千歳の、この全てをくるりと丸め込んでくれる雰囲気が白石は好きだった。分かっていると、そう言ってくれているような千歳の大きな手の感触を感じながら、白石は先程の羞恥による鼓動とはまた別の高鳴りを感じた。


「歩けるとや?」


能天気な声にじとりと恨めしげな視線を向ければ、全てを悟ったのかしまった、という顔をした千歳が恐る恐る口を開く。


「…スミマセンデシタ」
「反省しとらんやろ」


びし、とその顔にでこピンをする。思いのほか威力が大きかったのか、千歳は短い悲鳴をあげてうずくまるようにその身を伏せた。ざまあみろとほくそ笑むと、今度はおでこを赤く腫らした千歳がひどか!と顔をあげ涙目で訴えてくる。その様子が少し子供っぽくて可愛かったので、思わず声をたてて笑ってしまった。それからぶすくれた恋人の機嫌をとる為によしよしとおでこをひとなでしてやれば、彼はころっと簡単にその機嫌を治す。まったく、なんてちょろい男だ。


「あ、そういえば今日はオムレツば作ったとよ」
「オムレツ?お前が?…今日は槍でも降るんちゃうか?」
「ひどか!ピクニック日和ばい!」


すっかり大阪に馴染んでしまった恋人に目を細めた白石は、ふふ、と息をこぼしながら千歳に両腕を差し出した。


「…な、なんね?」
「起こしてくれるんやろ、ダーリン?」


気まぐれにそう言えば、目を丸くした千歳が今日俺死ぬかもしれん、と目を潤ませながらも優しく抱き起こしてくれた。なんて大袈裟な、仮にも恋人同士だろう。
それでも嬉しそうに笑う千歳に、自分までもつられて気分が高揚する。たまには自分からキスの一つでもしてやろう。そう思った白石が少し身を乗り出して千歳へ体を預けた。その瞬間、千歳は「あ!」という言葉と共に白石の体をべりっと引きはがし、ドタドタとドアの向こう側へと消えていった。
一瞬の静寂の後、呆けていた白石は事態を理解し怒りに拳を震わせた。なんて空気の読めない恋人なのだ。自分で言うのもなんだが滅多にないデレ気だぞ。それをこうも簡単にスルーされてしまったとあっては、白石の心も折れて然るべしだ。もう二度としてやるものかと、白石はぼっきぼきのばっきばきにへし折られた心に固く誓った。

(大体、あそこで止めるとかありえへんやろ!)

怒りのままに近くにあった枕を千歳が消えたドアに投げつけてやれば、それと同じタイミングでドアが開き、枕は見事に千歳の顔に当たった。


「なっ…え、…えっ…?」


状況が飲みこめていない千歳の両手にはトレイが一つ。もしかしてこれを持ってくるためにあの雰囲気をぶち壊したのだろうか。気持ちはありがたいが、それよりももっと大事な気持ちをくみ取ってくれ。白石は憮然とした面持ちで未だ混乱している様子の千歳をにらみつけ彼の言葉を待った。


「あの…」
「なんやねん…」
「と、とりあえず朝食にするばい」


そう言ってもう一度ベットの縁に腰かけた千歳は、おずおずとカットされたフルーツを白石の口へと運んだ。しかし機嫌を損ねてしまった恋人は口元まで来たそれをじっと見つめるも一向に口を開く様子を見せない。これは本格的に彼の逆鱗に触れてしまったかと肩を落とすと、その様子を見た白石が渋々ながら口を開き、差し出したフルーツを食べた。それに許してくれたのかと顔色を明るくすると、勘違いするなとすぐさま睨まれる。


「蔵…あの、ほなこつすまん…」
「グレープフルーツ」
「、え?」
「次、グレープフルーツが良え」


先をねだる白石に慌てて望みのものを口へ運ぶと、今度は迷うことなくそれを口内へ招き入れる。どうやら少しだけ機嫌はよくなったようだ。とりあえず今日は白石に逆らうことはしないでおこう。そう心に決めながら、二人の静かな朝は始まっていった。





病めるときも、健やかなるときも
(この日常が、僕らの幸せ)



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -