「…あれ」
「ん?どないしたん?」
「あ、いや…別にええんやけど」


部活の休憩中、何かを探すように辺りを見回す白石を不審に思った忍足はその背中に声をかける。けれど本人は何でもないと軽くかぶりを振るだけで、そう言われてしまえばこちらからはもう何も言えない。未だに視線をあちらこちらに彷徨わせている白石を視界の端で捉えながら腑に落ちない気分で汗を柔らかなタオルに吸わせた。

(そんなん言われたら気になってしゃーないわ)

辺りを見回す、という事は何かを落としたと解釈して間違いないだろう。部活中に無くしそうな物。そう考えるとやはりリストバンドやタオルなどが無難だろうか。そこまで想像した所で、ふと素朴な疑問が浮かんでくる。もし落とした物がリストバンドのような物であるなら俺に言って一緒に探す方が見つかる可能性も高い。しかし白石はそうしない。なぜだ?
顎に指をかけ考え込む忍足の肩にぽん、と手が置かれた。


「わああああああ!!!!!!」
「な、なんやねん!」
「し、白石か…」


まさか白石の事を勝手に脳内で詮索していました、だなんて口が裂けても言えない。忍足は少しバツの悪い気持ちになりながらどっど、といやに早く鼓動を刻む心臓を手で押さえた。


「まぁ良えわ。ところでさっきの練習試合の事なんやけどな」


白石は先ほど行った練習試合で気になる点があったらしく、その要点を一つ一つ身振りを加えて説明する。今回はどうやら俺の踏み込みの体勢に問題があるらしかった。


「あん時もう少し姿勢低くできないんか?」
「うーん、できない事はないけど…でもそうしたら左右に振られた時の対処が遅れんで」
「左右、か」


勿論全てに対処できるよう自主練やら筋トレなどは行っているが、それがすぐ結果に直結する事は少ない。それを知っている白石はそうか、と考え込むように視線を下に向けた。そして忍足自身理想と現実の違いに歯がゆさを感じていない訳ではないので、そっとグリップを調整する振りをしてそれを誤魔化した。そんな時。
白石の肩の向こう側、異様にでかい身長の人物が目に飛び込んできた。

(重役出勤とは良えご身分やな)

相変わらずゆっくりマイペースに歩いている様子を見ればまた遅れてきたのだろう。一向に治る気配を見せない彼の癖に思わず呆れて口元を緩めた。それに白石がどうしたのかと尋ねてくるので、数分前の彼のようになんでもないと実を濁す。


「じゃあ一応対処策として1、2個考えたからやってみよか」
「え、今から?」
「当たり前や。ほら、はよ用意せえ」


不満を漏らしつつも足をコート内に向ける忍足に、白石は満足げに笑う。が、その足はテニスコートのラインを踏む手前でぴたりと止まる。


「ちょっともう一回水分補給してくるわ」


そう一言断って白石が居る方向と正反対に置いてあった飲み物を小走りで取りに行く。音を鳴らしながら母お手製の青汁を胃に流し込み、早いところコートに戻ろうと忍足が踵を返せば白石は千歳と話し込んでいる真っ最中だった。恐らく遅刻を咎められているのだろうが、案の定というかなんというか、千歳は気にするでもなくへらへらと笑っている。あの白石に怒られて笑顔を絶やさないなんて凄いスキルだ、是非とも欲しい。感心したように眺めていると、反省の色を見せない千歳に白石がとうとう折れたらしく、険しかった彼の顔が呆れたようなそれに変わった。


「…やろ」
「あぁ、それは…やけん」


白石達との距離が遠いせいか会話が途切れ途切れに耳に入ってくる。だから、そんな中途半端に聞かされたら。

(聞きたくなるやん…!)

俺は壁。俺は透明人間。ぶつぶつと口にしながら二人の視界に入らないようにゆっくりと距離を縮める。なぜか皆の目が痛かったが、肝心の白石達が気付いていないので良しとする。お前ら後で覚えとけ。


「白石これ俺ん家に忘れとったっちゃろ?」
「あ、やっぱそれお前ん家やったんか」
「洗濯して干したままやったけんね。ついでに持ってきたばい」


千歳の手にはタオル。なるほど、白石はタオルを忘れてきたのか。という事は俺の予想は当たっていたという事だ。それに一人ひっそりと感動しながら彼らの行動を見守っていた忍足だったが、後に続いた会話は普通の雑談であった為「透明人間」から「忍足謙也」へとその姿を変える。相変わらず突き刺さる視線に加えてどこかで小さくキモイっスわーという言葉が聞こえた。


「謙也遅いで」
「すまんすまん」


苦言を呈す白石にへこへこと謝りながらコートに入れば、それに続くようにコートに入った白石が淡々と、かつ解りやすい説明を始める。そんな彼を見て、そういえばあまり些細な事で怒らなくなったなぁ、と忍足は思った。




部活が終わり制服に着替えながら改めて考えたのだが、やはりおかしい、と忍足は思った。その理由は二つ。まず一つは白石がいつ千歳の家に泊まったのかという事。そして二つ目は二人がいつそこまで仲を深めていたかという事だ。自分が知る限りそこまで親しくしている様子はなかったのだが。
ちらり、丁度自分の後ろで着替えている彼らを見れば、その様子は普段自分が見ている彼らの雰囲気そのものだった。ただ一つ感じた違和感は彼らの間に入り込める隙間が少しもない事だけだ。真相を知りたいのは山々であるが、今の俺にはそれを確かめる勇気は1ミクロンもなかった為、この疑問はそっと胸に閉まっておく事にした。いつか聞きだせる日が来るだろうか。そっと近い未来に思いをはせながらシャツに腕を通した。



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