すき、きらい、すき、 | ナノ





すぐに復活して、ちょっと待てその話聞いてねぇぞと追いかけてくる久谷。そういえば言ってなかったかと思いつつ、しかし俺はそんなことを気にしている場合ではない。やばい、こんな公衆の面前で、しかも注目されてるってのにニヤけるのが止まらない。



「ちょ、待て侑紀!」
「なんだよ?」
「その話、もっと詳しく…!」
「別にいいけどな、こんなところで聞きたいか?」



とん、と胸を指で叩き、迫ってくる男にここがどこだか自覚させる。周りを見てチッと舌打ちしつつ、じゃあ後で絶対聞かせろよと言うのにさあなと曖昧な返事を返した。
別に後ろめたいことなんてなにもないから、話してやってもいいのだけれど。だけどなんとなく、あの時の会話は俺と仁科の二人だけのものにしたい気がして。



「ちょ、おい侑紀、さあなって、」
「ったく大概てめぇもしつけぇな…おっ」



俺が話したくなさそうなのは絶対わかっているくせに、それでも食い下がってくる久谷にはあっとため息を吐く。なんて、こいつがこうやって食い下がってくれるのが満更ではないのも確かなんだが。
そんなやりとりをしていると、前から歩いてくる見覚えのある三人組。俺が気づいたことにキャーッと黄色い声を上げたそいつらに、苦笑しつつひらりと手を振った。



「桐生様ーっ!」
「おめでとうございますー!」
「お幸せにーっ」
「んー、ありがとな」



にこり、笑って答えれば、再び上がる歓声。それにくつくつと笑いつつ、じゃあなとすれ違った。

彼らは、まさに今日の昼を一緒にした俺の親衛隊だった。
自分が事実無根にセフレ扱いされても許容して、それでも俺を好きでいてくれた奴ら。だけど俺が噂を否定しないという時点で、きっと薄々気づいていたんだろう。俺と久谷がくっついて一番に喜んでくれたのは、あいつら親衛隊だった。
それからというもの、食事会では根掘り葉掘り聞かれるわ、頼んでもいないのに相談に乗ってくれるわ、そして二人でいるときに廊下ですれ違えばこの状態だ。祝福されるのはすげぇ嬉しいが、さすがに恥ずかしいというかむず痒いというか。



「おい待てって侑紀!」
「うるせぇ。つーか名前で呼ぶことを許した覚えはねぇぞ久谷」



食い下がってくる久谷をどうにかしようと、他の餌を放り投げてやった。こいつがこれに食い付かないわけがない。食いついてその話なんて忘れてしまえ。
投げ捨てるだけ投げ捨てて、さっさと先を行ってしまう。エレベーターのボタンを押して待っていると、ガバッと後ろから肩を抱かれた。なんだ暑苦しいと横を向くと、ニヤリと笑った顔と目があった。



「んなの、名前の方が恋人っぽいからに決まってんじゃん」



得意気にそう言って、ちゅ、と再び軽くキス。途端にギャーッと後ろから聞こえる悲鳴のような歓声に、俺ははあーっと深いため息を吐いた。
信じらんねぇこいつ、今日でもう二回もしやがった。公衆の面前で。なんなんだ、学習能力はないの。



「…さっきやめろっつったよな?」
「んー?いいじゃねぇかこのくらい」
「てめぇは…」



お前は俺のものだって見せつけてやらなきゃなんねぇだろ?と呑気に宣う久谷に、無意識にひくっと眉が動いた。
そんなんてめぇの都合だろうが。好き勝手しやがって、見世物にされる俺の気持ちもわからねぇようなアホには―――相応のお仕置きが必要だな。



ポーンと軽快な音がして開くエレベーターの扉。
先に乗り込む俺に続くようにして乗ろうとしてくる久谷を阻むように、入ってすぐに振り返った。入り口を塞ぐようにして立つ俺に疑問符を浮かべた恋人のタイを、ぐいっと思いきり引っ張ってやる。



「え、ちょっ、ん…っ!」
「ん…っ、ふ、はっ」



無理矢理引き寄せた顔にぶつかるようにキスを仕掛けた。目を見開いて喫驚する久谷と、ついでにいつも受け身な俺の行動に衝撃を受けて固まってしまった野次馬たち。そいつらにかまわずうっとりと目を閉じて恋人の唇を堪能し、わざとちゅっと音を立てて顔を離してやった。
そうして唖然とする久谷の胸をとんと押し、濡れた唇でうっそりと笑ってやる。



「―――でも俺は、お前と二人きりの時がいいんだよ、弘毅」



そう言って、目を細めて綺麗に笑った。
まだ動けずにいる久谷の目の前で、静かにエレベーターの扉が閉まっていく。しん、と静まり返っていたエレベーターの外。



「っうあ"ーーーーーー!!!!!」



しかし、エレベーターが動き出して途端に意味をなさない絶叫が響き渡った。それに重なる野次馬のギャーッという叫び声。ここまで聞こえてくるそれに、エレベーターの中で一人、小さく笑う。



恋人っぽいことをしたいのもわかる。他の奴らに見せびらかしたいのもわかる。四六時中イチャついていたいのもわかる。
わからないわけがなかった。
だって俺も、お前と同じくどうしようもないくらい、浮かれているのだから。



「あーもー…」



自分でそんなことを考えておきながら、あまりの恥ずかしさにずるずるとしゃがみこむ。真っ赤になっているであろう顔を、一人なのに誰かに見られないように膝に埋めた。



久谷が俺の隣で笑っていて、俺は俺でいられる。
ただそれだけで―――どうしようもなく、幸せだった。

こんな些細なことで幸せを感じている自分が安いとは思わない。
だって俺にとっては些細なことではないのだから。なによりも、大切なことだったから。だから、こうして幸せを感じられることが、酷く嬉しい。
ああ、だけど、俺の幸せのすべてが久谷だなんて、そんなこと認めるのは悔しいから。



「くっそー…久谷のばーっか…」



エレベーターの中に響く独り言。
順調に上に進んでいるエレベーターは、もうすぐ最上階に到達するだろう。この扉が開く前にこの締まりのない顔をどうにかしなきゃならないと思いつつ、そんなこと、到底できそうにもなかった。






*Happy end!!*




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