すき、きらい、すき、 | ナノ





「ああ、じゃあまた後で」



時間と場所だけ決めて、さっさと会話を終わらせてスマホを切る。さて時間までどうしてようかと考えていると、バサッと机に置かれる資料の山。なんだと顔を上げれば、白い目をした部下が立っていた。



「それ、追加です委員長」
「はあ!?」
「まだ約束までお暇なようなので、よろしくお願いしますね」
「人の電話聞いてんじゃねぇよ」
「こんなところで電話しといてアホですか。っていうかですね…」



呆れたように言ったそいつは、さらになにか言おうとして躊躇する。なんだよはっきりしろと眉を寄せれば、一瞬周りを窺ったあと、周りに聞こえないように腰を屈めて顔を寄せてきた。おいなんだ、顔がちけぇ。



「…委員長、なんでまたそのスマホ使ってんですか」
「ああ?」
「会長はどうしたんですか…なんでまたセフレなんか」



ああ、そういえばこいつ、前に気持ちに素直になれだかなんだか言ってたよな。あの時はよくわからなかったが、今ならこいつがあの時言いたかった意味がよくわかる。しかし桐生への気持ちがこいつに先に知られてたなんて癪に触るな。しかもなにか思わせぶりなことを言ってるくせに、なんのヒントにもならなかったというか思い出しもしなかった存在感の薄さは、本当に使えねぇ。



「別にセフレと遊んでるわけじゃねぇよ」
「…と、言いますと?」
「うるせぇセフレ切ってるだけだ、つか首突っ込むんじゃねぇよアホ!」



至近距離で嘘だあと大袈裟な表情をする顔を上からガンと押さえつける。いたいいたいいたいと悲鳴を上げて逃げ出したそいつにニヤリと笑ってやれば、涙目ながらに睨まれた。



「気にならないわけないじゃないですか!委員長とあの人だなんて!」
「てめぇには関係ねぇんだよ」
「この間はせっかくアドバイスしてあげたのに…!」
「あんなんアドバイスになるか使えねぇ」



いきなり言い合いを始めた俺たちに驚いて目を向けてくる他の奴ら。もうこそこそ話すのをやめたそいつは、しかし気を使ってか桐生の名前だけは出さない。それがまた他の奴らの好奇心を刺激している気もしないでもないが。だが俺としても、俺がモーションをかける前に噂で知られちまうのはいただけないからその方がありがたいがな。



「えっでも気づいたんですよね?」
「気づいたから他を切ってんだろうが。でもこれっぽっちもてめぇのおかげじゃねぇからな」
「うわ、でも気づいたんだ。あの委員長が。しかも認めるって、うわー!」
「てめぇふざけんなその顔潰すぞ!!」



ニヤニヤと顔を緩め、新しい玩具を見つけた子供のように目を輝かせ始めたそいつに思わず怒鳴りながら立ち上がっていた。胸ぐらを掴もうと伸ばした手は、しかし身の危険を察知してひょいと一歩遠退かれたせいで空を掻く。腰を半端に浮かせている体勢で睨み上げながら、自分が見事に挑発に乗っていることに気づいてぼすんと椅子に沈み直した。
なにやってんだ俺は、アホらしい。むきになってる自分に呆れながらため息を吐いていると、さっきまで遠退いていた体がなにか思い出したように今度は近づいてきた。




「あーでもそうだ委員長、一つだけ」
「あ?」
「…桐生会長、最近自分んとこの親衛隊とお盛んって噂ですけど、大丈夫ですか?」



こっそりと耳打ちされた言葉。隠してくれるのはありがたいが、この距離はどうにかならんのか、と腕で無理矢理引き剥がす。
お前に言われんでも、そんくらい知ってる。桐生の情報を逃すわけがないし、おまけに唯一セフレ用から普通のスマホへと移った名前からのメールが、聞いてもないのに教えてくれるからな。なにが彼が会長の本命かもしれないから僕にしときませんか、だ。



「それこそてめぇにゃ関係ねぇだろう!散れ!」



ついでにあの鬱陶しいメールまで思い出して沸々とした俺は、1.5倍くらいにまでなった苛立ちのままに怒鳴りつけた。野次馬精神で聞き耳を立ててますというのが明らかな他の奴らにも睨みをきかせれば、慌てたように書類を捲る音が部屋に満ちた。あー鬱陶しい。ったくこいつらは。
しかし怒鳴られた張本人はすぐに仕事には戻らず、必要以上にぶつけられたを俺に返すかのように喚き始めた。



「あーもうわかりましたよ!そうですよどうせ俺は関係ないし!委員長なんてそうやってノロノロしてる間に盗られちゃってればいいんですよ!」
「てめぇ…!」
「いくら努力してたって相手に伝わんなきゃ意味ないんですからね!恋愛は特に!恋愛スキル0のヤリチン委員長様!!」
「うるせぇ黙れ!さっさと仕事しやがれこのドアホ!!」



えっ恋愛!?久谷委員長が恋愛!?と、はっきりと言葉にされたそれにもう誤魔化すふりもやめて顔を上げる部下たち。爆弾を投下してからはいはいと降参というように席へ戻るそいつへ睨みをきかすも、まったく堪えた様子がなくて腹が立つ。その苛立ちをぶつける相手を机に決めた俺は、ガァンと目の前の木の塊を蹴り、見せ物の終わりを告げた。
すごすごと仕事に戻る奴らを見ながら、まだ苛立ちが収まらぬままに乱暴に書類を取る。追加された書類はすべて生徒会関連のもので、名前を見つけて俺は小さくため息を吐いた。




俺がこんな悠長なことをしている間に桐生がなにをしていたのか。それを知らない俺は、なぜこいつの言葉をよく聞いておかなかったのか、のちのち後悔することになる。


相手に伝わらなければ意味がない。
俺も、あいつも、それをわかっていなかった。






*end*




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