すき、きらい、すき、 | ナノ





「もう、セフレという関係を終わりにしたい」
「―――っ」
「お前だけじゃなくて…他の全員にも、断るつもりだ」



そのまま謝りそうになって、すぐにやめた。俺がどんな人間なのか、どういうセックスをするのかを理解した上で俺とセフレだった奴らに対して今までのことを謝るなんて、それは違う。そんなのただの自己満足だ。こいつらを馬鹿にしているとしか思えない。



「突然で悪いが、元々お互いにそういう約束だったはずだ。わかってくれるな?」



どちらかがやめたいと言い出せば、すぐに関係を解消すること。それでもいいかと聞いて、構わないと答えた奴としか関係は持たなかった。長い間関係を持っていれば情が湧いてしまうのは仕方ないことかもしれないが、それでも、約束は約束だ。
俯く顔を覗きこみ、表情を窺いながら尋ねる。少し持ち上がった顔が、俺と目があった途端泣きそうに歪んで笑った。



「以前なら…聞くなんてこと、しなかったのに」
「………」
「桐生様の、おかげですかね。セフレを切るのも、桐生様が原因ですか?」



確かに桐生だけとの関係になった時、メール一本ですべての関係を清算しようとしたのは、他でもない俺だ。そう言われてしまえば否定のしようはないのだが。
こうして直接会って話そうとする自分は、変わったのかもしれない。いや、変わらなきゃならないと思ったのだ。だけど、多分それは、桐生との関係のためだけで。メールなんかではなく会って確実に終わりにして、桐生ともしも進展があった時の枷を、一つでも確実になくしたいからというだけで。
こいつらのためを考えて、という思いからではないのだ。こいつに喜ばれるようなことは、なにもしていない。



「…俺は、あいつが欲しいから」



だからとりあえず、確かなことだけを告げる。桐生が俺を動かしている原因だというのは、確かだから。
すると、もう逃げる気がないと両手を上げてアピールしながらそいつは可笑しそうにくすりと笑った。腕を握っていた手をゆるりと離すと、今度は向こうが小首を傾げて俺の表情を窺う。



「随分高慢な言い方ですね…好きなんじゃないんですか?」
「あ?なんだ、それを言わせたいのか?」
「ええ、言ってくださらなければ諦められません」



諦める、だなんて。そんな言葉を使っている時点で、もう俺のセフレでいることを放棄しているのと同じなのに。
それでもどうしても俺に言わせたいのか、引こうとはしないそいつに小さく息を吐いた。



「―――ああ、好きだよ」



しかしそれでしがらみが一つ消えるのならば問題ない。
なんでもないようにさらりと告白すれば、小さな唇は一瞬だけぐっと結ばれた後、震えるように微かに口を開いた。



「…あちらに、その気がないとしても?」
「さあな、あいつの気持ちなんてわからねぇだろ。だったら最初から諦めるわけにはいかねぇ」
「そうでしょうか?そもそも貴方のセフレになろうとした時点で、向こうにその気はなさそうですけど」
「そうかもしれないが…お前みたいな例外が、他にもいるかもしれない」



大人しくしてりゃ、痛いところばかりついてきやがって。調子に乗るなと思いながら言葉を返せば、そいつは僅かに目を見張ったあと、それはそうですが、と消え入りそうな声で呟いた。



「だけど…だけど彼は、貴方に飽きたと言ったのでしょう?そう言って貴方を捨てたのですよ」
「…あいつは、セフレである俺に飽きたんだ。まだ本気の俺は見せてねぇ」



売り言葉に買い言葉。一番気にしていることに無遠慮に触れられ、うっかり言うつもりのなかった言葉まで吐き出してしまった。こんなこじつけの薄ら寒い文句、言うつもりじゃなかったのに。まるで自分に言い聞かせるような必死な言葉。必死にどうにか見つけ出した希望に、みっともなく縋っているのがバレちまう。
しかし自分の発言に思わずしまったという顔をした俺とは裏腹に、それを言わせた本人は、なぜか諦めたように笑う。



「そう、ですか…久谷様が本気なら、仕方ないですね」
「え?ま、まあ、そういうことだから、」
「…だけど、僕は引きませんから」
「いや、え?」



戸惑う俺を余所に、なにか納得したのかなんなのか、そいつはきりっとした表情を見せる。それから、おもむろに俺の手を取って持ち上げた。



「僕はもう、貴方のセフレじゃなくなった。だからもう自由です」
「自由…?」
「だから、貴方に直接言える―――久谷様、貴方のことが好きなんです!」
「はあ?」



ここにきてのまさかの告白に、俺はぽかんと口を開けて間抜け面を晒した。いや、え?なんだそれ。は?なんのつもりだよ、おい。



「え、お前、俺の話聞いてたか?」
「ええもちろん。ばっちり聞いてましたよ」
「だったらなんで…だって俺は、」
「久谷様が誰のことを好きであろうと関係ありません。僕は久谷様が好きなんです。これだけは、久谷様にだって止めることはできませんから」



いや、確かにそうかもしれないが。だが、最初から負け戦とわかってるのにどうしてわざわざ自分から突っ込みにくるんだ。というか今までの関係と俺の振る舞いを一番よく見てるくせに、しかもこの間あんな抱き方をされてるくせに、よく俺のことを好きだなんて言えるな。どう思われてもいいと思ってこいつらには接してたから、正直我ながら最低な男だったというのに。
とにかく、結局いい返事なんてもらえないのがわかってるくせに告白なんて―――と考えて、それは自分も同じなんだと気づいた。



「今は無理だってわかってますけど、久谷様がフラれた時とかに、寂しさからとか体を持て余してとか、いつか振り向いてくださるかもしれないですし」
「おい、フラれる前提で話を…」
「とにかく今は、会長は僕の敵なんです。今まではセフレで同列だったけど、今からはライバルです。久谷様の恋の邪魔はしないかもしれませんが、手助けもしませんし、僕は僕でアピールしていきますから。覚悟してくださいね」
「お前な…」



にっこりと可愛く笑いながら言われた言葉にひくりと頬を引き攣らせつつ、ベッドから立ち上がる。なんだか予想の斜め上をいったが、これで一応話し合いはついたということになるんだろう。向こうもそう思っているのだろう、どうぞと扉への道を開ける小さな体。



「あー、じゃあな」
「ええ、また近い内に。体が寂しくなったらいつでも呼んでください」
「またセフレとか言い出すなよ」
「違いますよ、大好きな貴方のためだったらいくらでもご奉仕すると言っているんです。セフレになりたいわけじゃなくって」



体で堕とすっていうのもありでしょう?と笑う頭一つ分下の頭をはたく。吹っ切れたように好きだなんだと繰り返す潔さに、俺までなんだか笑いたくなった。
そのままその前を通過して、扉へと向かう。他の奴らとも穏便にいってほしいものだ。正直こいつが一番厄介だと思っていたから、あとはなんとかなるだろうが。




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