すき、きらい、すき、 | ナノ




快感に流されそうになる度に、わざわざ口にされる久谷の名前。いくら喚いたところで、なにも変わらない。忘れるなと、調子に乗るなと、そう、言われているようで。

調教された?
そうかもしれない。そうじゃないかもしれない。わからない。俺は、他を知らなかったから。だが淫乱だなんだと揶揄されるこの体は、確かに久谷に作られたものだった。いや―――久谷のために、作り替えた体だった。
しかし出来上がったそれは、あいつだけのための、あいつ以外にも反応する体で。誰にだって触られればこうして簡単に高ぶる。嫌がる思考を無視して裏切る。まさに淫乱と呼ぶに相応しい体。



(…ああ、だけど)



久谷が望むのは―――自ら腰を振って、善がるような男で。
そんなセフレがあいつの望みで、俺の目指すところだったわけだから、これはある意味、成功なのかもしれない。それならばそれでもいいかと思える自分が、愚かで、アホらしくて、泣きたくなった。





「入れますよ、息を吐いて」
「やっいやだ、もうっ…」
「ああ、桐生様…嫌がったところで抵抗はできないなんて、ご同情、申し上げます…っ!」
「―――ッ!」



一瞬目に入った憐れんだ顔。しかし次の瞬間、一気に体を割り開かれる衝撃ですべてが吹き飛んだ。
十分に解されすでに濡れている中にあまりにスムーズに挿入されたソレが、ごりごりと前立腺を擦り上げていく。スパークする視界。痙攣する両脚。声を押さえるなんて考えられなくて、あまりの衝撃にはくはくと酸素を求めるように口を開閉するしかできない。



「あっ、はあっ、あ、あ」
「はあっ、気持ちいいですか、桐生様」
「や、ひっ、んんんっ」
「本当に、健気ですね…」



ひくひくと痙攣する俺の顔の輪郭を、労るように滑らかな手がなぞる。そんな労るような素振りを見せるくせにがつがつと突き上げてくる律動は止まらず、できる抵抗なんていやいやと首を振ることだけで。許容量を超えるような快感に、ぼろぼろと涙が溢れるのを止められない。



「くっそ、この、え、あ…っ」
「先っぽ気持ちいいですか?すごいですね、ふふ」
「やっ…あ、まて、あ、ああっ」



突然今まで触られてなかったモノの先端を弄られ始めてぶるぶると内股が震える。自分じゃないような、自分の声。そんなもの聞きたくなくて止めたくとも、もはやそんな余裕はどこにもなかった。
無理だ、もう無理だ。もういっぱいだ。いらない。これ以上されたらおかしくなる。



「あっ、あ、や、でる、も、ああっ」
「…っは、いいですよ、イってください…!」
「ッ、あああああ!!」



促すように先端を嬲られ、前立腺を抉られ、耐えられるはずもなく派手に吹き出す白濁。爪先がきゅっと伸びて体を震わす。仰け反る俺の腹とやつの腹を白く汚すそれは、胸まで届いて。

こんな男にいいようにされ、感じ入って達してしまうなんて、屈辱でたまらない。嫌なはずなのに、気持ち悪いはずなのに、気持ちと連動しない体が憎くて憎くてたまらない。
荒い息で胸を喘がせながら、それでも見下ろしてくる顔を睨み上げた。



「泣くほど悔しかったですか…かわいそうに」
「っるせぇ、よ、」
「だけどまだ終わりじゃ、ないですよ?」
「はっ?あ、や、うごくな…っ」



宣言通りに再び突き上げられ再開した律動に、情けない声が出る。散々蹂躙されつくし、さらにイったばかりで敏感な体が悲鳴を上げた。



「や、も、むりだ…っ!」
「なにを仰いますか…貴方はもうよくても、私はまだ、イっておりませんっ」
「ひっ、や、も、あああっ」
「それに…どんなに嫌がろうと貴方は結局、私を拒絶することはできない…そうでしょう?」



にこりと綺麗に笑う顔を、歯を食いしばって睨み付ける。
視線が絡み合うこと数秒。沈黙を肯定ととったのか動き出した腰に、あっという間に絡んだ視線は解ける。快感に流されないことに必死で、見栄も、意地も、なにもかもすぐに奪い去られる。



「ご安心ください…はっ、貴方が抵抗しない限り、貴方の想いは決して、言いませんから」
「っも、てめ、しゃべんな…っ」
「どうしても嫌われたくないだなんて、かわいいお方だ…っ」



嫌われたくないと思って、なにが悪い。
セフレじゃなくてもいい。体の関係がなくなったとしても、嫌われさえしなければなんでもよかった。あいつは、男と本気で恋をする気はないのだから。本気で恋した相手を疎い、毛嫌いし、二度と側に寄せないやつだから。
だから―――だから、想いだけは、絶対に知られてはならない。

なんて、あんな電話をして一方的に振ったのだから、もうとっくに嫌われているのかもしれないけれど。



『―――俺がお前に会いたいんだ、会いに行かせろ』



耳残るあの声は、いったいどんな意図で言ったのか。今はもう聞くことは叶わない。だって俺たちは、前の、極力関わらないという関係に戻ってしまったのだから。
ただあの一言が、俺をどうしようもなく喜ばせ、どうしようもなく絶望させるのだ。もう、あの立場に―――会いたいと言ってもらえる立場に、あいつの隣に立っているのは、俺じゃなくなった、から。



「っん、はあ…はっ」
「気持ちよくなりましょう…桐生様」
「や、んんっ、んー…っ」



再び仕掛けられたキス。もはや抵抗する気力など持ち合わせておらず、されるがままに口内を荒らされる。口の中までもが性感帯になったかのように、感じてしまう自分を嫌悪する。



あいつとのファーストキスが、遥か彼方にいってしまった気がして。
生理的なものではない涙が滲み、じんわりと、世界が醜く歪んでいった。






*end*




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