季節小説 | ナノ
「落ちつけ少年。大丈夫、俺は君のお母さんと知り合いだから」
「え、あ、母さんと…?」
「そうだよ、今から証明するから」
ようやく暴れるのをやめた拓巳から手を離し、電話かけるから待ってて、と携帯をポケットから取り出してみせる。自分がそもそも母の映画のスポンサーだという噂の人物の偵察に来たということもすっかり忘れ、拓巳はこの人と母が知り合いであることにただただ驚いていた。彼の中で、この男はすっかり変質者という位置付けになってしまったらしい。
『―――』
「やぁ、久しぶり」
『―――、――!―――!』
「ちょ、ほら落ちついて。大丈夫だよ、君のお探しのヴァンパイアはここにいるから」
『―――!』
携帯から漏れ聞こえてくる声。それは確かに母のもので、緊張が緩み思わず涙が出そうになった。はいどうぞ、と差し出された携帯を、恐る恐る受け取って耳に近づける。
「…か、母さん…?」
『拓巳!?拓巳なのね!あぁ良かった、スティーブからいなくなったって聞いて本当にどうしようかと…!』
「あ、ごめん、なさい…」
母の声の後ろから、タクミ!というスティーブの声がする。頭を撫でられて上を向けば、不審人物から母の知人へと昇格した人が目を細めて笑っていた。
『いい?今から迎えにいくから、その人と一緒にいるのよ?』
「一人で帰れるよ、」
『その人と一緒にいなさい、いいわね?』
「う……はい」
『大丈夫、その人は信頼できる人だから』
ごめんなさいとありがとうを大好きな母に告げて、携帯を持ち主へと返す。受け取ったその人は、二言三事拓巳の母と話してから携帯を閉じた。
徐にこちらを向くその人。にっこりと笑って綺麗な手を差し出してくれる。
「さぁ、寒いから中に入ろう」
「い、いいんですか…?」
「今日はヴァンパイアだって狼男だって大歓迎だよ。あぁそうか…じゃあ言ってもらおうかな。
――――合言葉は?」
「T…Trick or treat!!」
***
うっすらと目を開くと、見慣れた天井。腰の近くに手を置いて、のそりと上半身だけ起き上がる。
「あー…夢、か」
随分と懐かしい記憶を夢に見たものだ、と少し笑う。なんだか胸が暖かくて、自然と口許が弛んでしまう。
あのあと、屋敷の中へといれてもらった俺は、持てないほど大量にお菓子をあの人から貰ったのだ。ケーキから駄菓子から和菓子から、ありとあらゆるお菓子を、俺が来なかったら一体どうやって食べるつもりだったんだと問いたくなるくらいの量持ってきてくれた。あれを食べきるのには相当な時間がかかったのを覚えている。
そして―――…
(母さんに泣かれたのは、キツかった)
母を怒らせると誰よりも恐いことを知っていた俺は、待っている間雷が落ちるだろうとビクビクしていたのだけれど。息急ききって駆けつけてくれた母は、戦々恐々とする俺を余所に涙を溢したのだ。あれは、キツかった。もう二度と泣かせはしないのだと、あの時自分に誓った思いは、もちろんまだ時効にはなっていない。
そして―――ずっと傍にいてくれたあの人が、自分の父親なのだと知るのは、もう少し先の事である。
今日はあれから12年後のハロウィン。
こんなにはしゃぐだけの日に、お祭り好きの双子と会計が黙っているはずもない。恐らくあと数分もしたら、この仮眠室の扉も彼らによって突破されることだろう。そして行事に参加しろと、仮装を強要してくるに違いない。
(―――まぁ、吸血鬼ならしてやらんでもないが)
さてあいつらが突入してくる前にもう一眠り、と布団に潜り込む。暖かい布団にくるまりながら、彼らの反応を想像して俺はゆっくりと口角を上げた。
*end*
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