季節小説 | ナノ
「ああんもうなんて可愛いの!さっすが私の息子ねぇ!!」
10月31日。
子供たちが揃って仮装をし、近所を回ってお菓子を貰う夜。日本人である瀬戸家でも例に漏れず、6歳の一人息子はかっちりとしたタキシードに黒いマントを羽織り、赤い蝶ネクタイと牙を装着してばっちり仮装をしていた。吸血鬼な息子を前に、プロデュースした本人ながら歓声をあげたのは彼、瀬戸拓巳の母親である。見ようによっては蒼みがかって見える鴉の濡れ羽色の髪が神秘的なせいか、まるで本物の吸血鬼のような拓巳に目を輝かせるのは仕方のないことだった。
「あぁもう可愛すぎて不安だわ、やっぱり私もついていこうか?」
「だいじょうぶだよ、もう6才だし」
「だけどお母さん、拓巳になにかあったりしたら…」
「みんなで行くんだからへいきだってば!それにスティーブもいるよ」
暗くなってからの単独行動は危険であるから、拓巳も近所の子たちと一緒に回ることになっていた。近くに住む年上の名前もあげて、なんとか懐柔を試みる。女優として活躍している母は、息子から見ても悩む姿さえ絵になっていた。
「うーん…うん、うん…行ってもいいけど、絶対に気をつけるのよ?」
「もちろん」
「いい?知らない人に声かけられても、お菓子あげるって言われても、ぜーったいについていっちゃ駄目だからね!」
「しんぱいしないで!行ってきます」
両親譲りの整った顔にまだあどけない瞳をのせた息子。東洋人はこっちの人間と比べてどうしても幼く見えてしまう。嬉しそうに家を出ていく拓巳を見送りながら、母さんやっぱり心配だわ…と溜め息を吐いたのだった。
***
大量の戦利品の入ったジャック・オ・ランタンを模したお菓子入れを提げながら、拓巳はこっそりとみんなとは違う角を曲がっていた。ルート外ではあるけれど、彼には行っておきたい所があったのだ。ルート的にはもう一度ここを通るはずだから、その時にまたここで合流すれば問題ないはずだった。
(あ、見えてきた)
戦利品からキャンディーを選んでは口に運びながらぽてぽてと歩いてきた拓巳の前に、大きなお屋敷が顔を出す。拓巳のお目当ては、この屋敷に今滞在していると言われている日本人だった。
決して面識があるわけではない。寧ろ赤の他人で、顔を見るのも今日が初めて。共通点といったら、日本人であることくらいか。もっとも、アポなどとっているわけもなく姿を見られるかどうかさえわからないのだが。
「でっけー…!」
門から少し外れた所に辿り着いた拓巳は、格子を掴んで思わずぽかんと屋敷を見上げた。大きな大きなお屋敷は、今日はジャック・オ・ランタンによってオレンジ色に照らし出されている。
前からここの主が日本人であることは知っていた。けれど、その人に会ってみたいと思ったのは最近―――今度母が出演する映画のスポンサーの親玉が、ここの人だと知ってからだった。
どんな人なのか見てみたいと思ったのだ。そしてもしも万が一信用できなさそうな人間ならば、自分が一言言ってやろう、と。
(ランタンあるし、だいじょうぶ…な、はず)
それをするのに、今日は恰好の夜だった。
ハロウィンの夜ならば、お屋敷の外を子供がうろついていても、あまつさえ中を覗いていたとしてもそこまで不審に思われることはないだろう。それに見ず知らずの子供が訪ねてきたとしても快く扉を開けてくれるはずだ。
計画は完璧。首尾も上場。
ではいざ!と門の方へ向かおうとした拓巳の足が―――ぴたりと止まる。ちょうど屋敷へとやってきたと思ったら、中には入らずに門の前で停まった黒塗りの車。その車から降りてきた長身の人物が、こちらにやってくる。予想外の展開に、拓巳の頭がものすごい早さで回転しだした。
(え、こっちくる?あ、ヤバイ?ヤバイ…!)
自分が相手を訪ねようと思っていたのだ。外からやって来るなんて聞いていない、想定外だ。それにそもそもお目当ての人物の外見を拓巳はまったく知らないため、今こちらにやって来ている人がその人なのかもわからない。そしてよく考えてみれば、ここに住む人間が会っても安全な人なのかさえ拓巳にはわからなかった。
そんなことを考えてわたわたしている間に、その人物はすぐそばまでやって来ていた。逃げそびれたことに愕然としながら恐る恐る見上げれば、その人の予想外に整った顔に、思わず見惚れて拓巳はぱちぱちと瞬いた。そんな拓巳ににっこりと笑いかけ、男は屈んで目線の高さを合わせてくる。
「我が家になにか御用かな、ヴァンパイアくん」
「あ、あのえっと…」
男の柔らかい雰囲気に流されてそこまで話しかけ、はたと母の言葉を思い出した。そうだった、知らない人にはついていっちゃダメなんだった!と拓巳はぱたりと口を噤む。優しそうにして油断させる変質者もいるということも聞いたことがあるし、いくら良い人そうでも油断してはいけない。
「や、なんでもないです」
「え?」
「しつれいします!」
「あ、ちょっと…!」
なにも説明せずにぱっと駆け出した。しかしあっという間に捕まってしまって、こらこらと抱き締めてくる腕に拘束されてしまう。どうにか逃れようと、力の限りに抵抗をした。
やばいやばいもう駄目だ…!ここで捕まったら監禁されてもう外に出られなくなるんだ俺は…!なんて物騒なことを考えて必死に抵抗していることなど露知らず、男は腕の中でもがく少年に苦笑を漏らす。
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