企画提出物 | ナノ
これだけは真正面から受け止めなければならないと思った。ぶつからなければならないと思った。
殴りかかってくる徒党を組んだ不良共。
誰のためでもなく自分自身のために、俺は勢いよく地面を蹴る。
手放しなどしない。
―――あいつは、俺のものだ。
【テリトリー】
(あー…くそ、派手にやられたな)
ずるずると引き摺ってきた四肢をドサリとベッドへと放り出す。制服が泥だらけだわ、あちこち切れて血は出てるわでこれじゃベッドが汚れるとわかっていても、しかしすぐに動き出せそうになかった。体の力を抜いてしまったが最後、もうしばらくここから動く気にはなれない。満身創痍、まさにその状態だった。
多勢に無勢だった、なんて言い訳をする気はない。というよりもそもそも負けたわけではないから言い訳をする必要もないのだ。ここまでぼろぼろにされたのは計算外だったが、それでも勝てたのだからこれでいいはずだ。もし負けてたら、なんて想像するに恐ろしい。ここの風習的には軽くマワされでもしてたか。
なんて思いつつも、頭の反対側では後悔ばかりが襲いかかる。もっと上手いこと立ち回れたんじゃないのか。いつかはこうなることは予想できていたし、自分に逃げるという選択肢がなかったのもわかってた。絶対にこの喧嘩は買うことになるのだとわかっていたのだから、もっと警戒だってなんだってできたはずだ。それなのに今こうして動けないほどにボコられてしまったのは、完全に俺の落ち度だ。
(…あいつが、気づく前に)
なんとかしなくては。そう、思うのに。
これ以上の負担を体にかけることを拒否する脳は、四肢を動かす指令を出してはくれない。どこかに力が入れば入ったで骨が、筋が、悲鳴をあげた。逆に今の状態を考えると、よくもここまで帰ってこられたという状態。顔にかかる銀色の髪を払い除けることも辛くてできないなんて。
気合いというやつだったんだろう。ぼろぼろの体を引き摺りながらここに帰ってくるまでに、当然ながら寮生が大勢いたから。もしそこに誰もいなかったなら倒れていたかもしれない。それでも倒れずに踏ん張った理由なんて、こいつらの目の前で倒れるわけにはいかないという思いだけでしかない。もちろん普段から敬遠されている俺を助けようとするなんて、そんな奇特なやつはいなかった。別に助けてほしかったわけではない。ただ、全身ずたぼろであちこち血を滲ませている奴が隣を通るのを、声もかけずに恐々と遠巻きに見ているだけのクズの前で倒れるなんて、そんな無様な姿を晒すわけにはいかない。ただその一心だった。
ただ問題なのは、満身創痍な俺の目撃者があんなに大勢いたわけだからあいつに伝わるのも時間の問題だということ。
とりあえず見つかる前にせめて風呂くらいに入れないものか。なんとなく少しは回復したような気がする体に慎重に力を入れ、腕でゆっくりと上半身を起こそうとしたときだった。
「俊輔(シュンスケ)…!」
乱暴な音をたてて開いた扉。そこに表れた人物に俺は眉を寄せた。おまけに驚いて変なところに力が入って、走った痛みに顔をしかめる。
くそ、いくらなんでも情報がいくの早すぎるだろう。これじゃ俺があんだけ急いで帰ってきた意味がない。しかし脳はそいつの、義樹(ヨシキ)の登場に、痛いから無理とも言っていられなくなったらしい。どうにか痛みを堪えつつも動けるようになった体でなんとか体を起こすことには成功した。くそ、やろうと思えばやれるならなんでさっきまで動けなかったんだよ。ふざけんな。
「お前、そんな…!」
「落ち着けよ、ただの喧嘩だ」
「んなぼろぼろなくせになに言ってんだ!」
「うるせぇ、喧嘩弱くて悪かったな」
必死な顔して駆け寄ってくるそいつの揚げ足を取ってバカにしたように笑ってやる。そんな悲愴な顔するんじゃねぇよ。せっかくの美形が台無しじゃねぇか。
しかしそんなちょっとした冗談さえ頭に血が上った恋人には通じなかったようで、あっという間に抱き竦められた。ベッドに上がって大抵の奴らよりもデカイはずの俺を包み込む体は、さすが不良を締め上げる風紀の長の体というだけあって、厚く逞しい。こんな逞しい男が俺のためにこんなに取り乱すなんて、と少し気持ちが和らぎつつも、しかしその力強い腕に体の方は悲鳴をあげた。
「いって…!」
「え、お前…っ」
「お前力入りすぎ」
「………っ」
この馬鹿力めと茶化して笑うも、やっぱり冗談が通じずに険しくなる表情。袋叩きにあったのは俺だというのに、俺よりも苦しそうに顔を歪める。
これだから嫌だったんだ。こいつはこうして、俺のことで俺よりも深く傷つくから。俺の痛みに、誰よりも、俺よりも敏感だから。
お前を悲しませるために喧嘩を買ったわけじゃないのだと、どうしたら伝わるだろうか。こんな成りだが俺は俺の正義に従って行動している。ただそれだけなんだ。こんな風にボコられたのは俺の実力不足のせいで、決してお前のせいじゃない。俺が、俺自身の正義に正直に生きるには力不足だっただけなのだと。単純な話だった。俺の行動理由はただそれだけなのだから。
奥歯を噛み締め、苦しそうに歪んでいる顔にそっと手を添える。驚いたように瞼が見開かれ、そしてそこから堪えきれずにぼろりと溢れた一滴の涙。それを添えていた手で拭って、こつりと額をくっつける。
「バーカ、泣いてんじゃねぇよ、天下の風紀委員長様が」
「っ、ごめん…!悪い、俺が…!」
「謝んな、俺は勝ったんだぜ?」
「…っ!俺の、せいで…っ」
悔しそうに声を震わせ、俺のシャツをきつく握り締める手が白くなる。縋りつくように俺を抱き締めながら、歯を食い縛って嗚咽を堪える姿に目尻が緩んだ。
馬鹿だなこいつは、本当に。俺はこうなったことを後悔していない。寧ろ誇りだと思っている、なんて。名誉の負傷だなんて陳腐なことを言うつもりはないけれど。それでも俺がこうして狙われたのは、俺がお前の隣に立っているのだと―――俺がお前の特別なのだと、そう見えるのだということだから。
「これは俺の喧嘩だったんだよ。お前のせいじゃない」
「でも、相手は俺の…!」
「そうだな、相手は俺の恋敵と、そいつらと手を組んだ不良共だった」
金か、顔か、力か。
なにかを持っていなければ生き抜くことが困難な歪んだヒエラルキーのできたこの学園で、伊達に一人を貫き通していたわけじゃない。
弱いものほどつるむくせに、それでいてお互いを引きずり落とす機会を虎視眈々と狙っているような生き難い学園生活。そのなかでできた敵ならごまんといた。義樹のことがなくとも、俺を潰したくてたまらないような奴らは数えきれないほどいたのだ。その機会を今か今かと窺っていた奴らにとって、義樹の親衛隊からの依頼は渡りに船だったことだろう。
敵が多かったのは俺の方だった。あんなに嬉々として襲いかかってきたのは、義樹など関係なく俺自身に恨みがあったからこそ。
「あいつらもこんな回りくどいことせずにくりゃあ、いくらだって相手になってやんのにな」
「きっかけを与えたのは俺だ…っ」
「いーや違うね。きっかけはお前じゃなくて、義樹、お前と俺が付き合い始めたからだろ」
逞しい背中に腕を回す。俺の肩に顔を埋める頭を慰めるように撫でてやる。少し首を傾ければ義樹の額に銀髪が触れた。
こんなにも俺のために嘆いてくれる人ができたことが、どうしようもなく嬉しい。こんな痛みはその代償だと思えばどうってことないのだと、そんなことを言えばまた嘆かれるのはわかっているけれど。
「なあ義樹、この喧嘩は、お前の恋人である俺に対して吹っ掛けられたんだよ。それからは逃げるわけにもお前から守ってもらうわけにはいかない。そんなの自分で自分が許せない」
「……っ」
「こんくらいでお前の隣を勝ち取れるんなら、安いもんだ」
今までだったらどんな喧嘩でも買ってきた。顔を合わせれば喧嘩を売られ、すれ違い様に目が合えば喧嘩を売ってきた。
だけどもう俺は、今までのように自分のことだけ気にしてればいいわけじゃない。風紀のトップである義樹の足枷にならないために。ただでさえ評判を下げてでも俺と付き合ってくれた義樹にこれ以上迷惑をかけないために。もう、憂さ晴らしの無意味で余計な喧嘩をするつもりはなかった。
そうと決めていたけれど―――それでも今回の喧嘩は、義樹の恋人に売られた喧嘩は、買わないわけにはいかなかったのだ。
これだけは譲れなかった。一番譲れないものに喧嘩を売られたのだから。なにがあったとしても、これだけは買わなきゃならない喧嘩だった。
「だけど!でもそしたら俺は…!恋人を傷つけられた俺はこの感情をどこにぶつけたらいい…!」
涙を光らせ、その奥に激情湛えながらこちらを見つめる瞳。
義樹にとってみれば遣りきれないことを言っているのはわかっているつもりだ。憎むべき相手を本人に許されてしまえばどうしようもなく歯痒いだろう。明確にあったはずの怒りをぶつける場所を失い、どれだけ探そうともうどこにもないのだから。
だけど、これが俺の譲れない一線なのだ。
いくら義樹に請われようと、ここを譲ることだけはできないから。
「……ごめん、ごめんな」
「くそ…っ」
「自分勝手で、本当にごめん」
勝手に喧嘩して、勝手に傷ついて、勝手に自己完結するなんて。そんなの、見ているしかない立場だったら辛いに決まってる。
だけど、一歩引いて見たらみんな同じなのだ。
俺も、あいつらも、みんなただ、義樹のことが好きなだけで。
そこに不良なんかが介入してしまったからこんな事態になってしまったわけだけど。
「…だけど、本人に登場してもらうわけにはいかなかったんだよ」
「は…?」
「お前を取り合ってんのにお前を味方につけんのは反則だ」
「ばっ、俺はもうお前のもんだろうが!」
俺が苦笑しながら言った言葉に、当然のように躊躇なく返されたそれ。俺は驚いてぱち、と瞬き、それから思わず笑ってしまった。
そうだよな。本人にとってみれば事実はそれだけなんだろうけど。だけどそうとわかっていて、それでもお前を諦めきれない想いの強い恋敵たちを沈めにいったんだ。あいつらのためでもお前のためでもなく、それはただ、自分自身のために。
「頼むから、頼むからもう、こんな無茶はしないでくれよ…っ」
「あー、どうだろうなぁ」
「俊輔!頼むから!」
「泣き落としは効かねぇぞ」
「泣いてねぇよ!」
きっと同じことがあったら、また俺は同じことを繰り返すんだろう。学習しないからではない。わかっていて、繰り返すのだ。たとえ勝ち目がないとわかっているような勝負であったとしても、こいつが俺のものである限り、俺は退くわけにはいかないから。
「泣き虫な風紀委員長様だな」
「誰のせいだと…!」
「ああ、俺のせいだな」
お前が泣くのは、俺のせいだから。お前が俺のものである限り、お前が俺のことで涙を流してくれる限り、俺はなにを失ってもお前を手放しはしない。制裁だって喧嘩だって、なんだって受けて立とう。
俺の大切なものを奪おうとする奴らには、負けるわけにはいかないから。
―――狼は縄張りへの侵入者を、決して許さない。
「ごめんな義樹、泣かせちまって」
「くっそ、てめぇこそ泣かしてやる…!」
「望むところだ」
目を細めて口角を吊り上げる。途端に覆い被さってくる大きな影。まだ身体中痛むし、汗と泥と血で汚れている。それでも触れてくる手には戸惑いなど微塵もない。
落ちてきた唇。このまま風呂に連れてってくれないかと頭の片隅で思いながら、太い首筋に腕を絡ませた。
*end*
俊輔(シュンスケ):一匹狼
義樹(ヨシキ):風紀委員長
一匹狼企画
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