5万打御礼企画 | ナノ
最近、会長につき纏っている男がいるらしい。
そんな噂が真しやかに囁かれ始めたのは、二日前のことだった。
【Le Corsaire】
「あ、いたいた小松さーん!」
校門の前にズラリと止まる黒光りした車の列。出てすぐの役持ち用スペースに止まっている中からお目当ての車と運転手を見つけ、自分のとこの運転手にちょっと待っててと告げてたっと駆け寄る。声に反応してこちらを向いた会長専属運転手の小松さんが、俺を見とめて綺麗にお辞儀をしてくれた。
「これは八代様。小松に何か御用でございますか?」
「うん、まぁ大したことじゃないんですけど…」
「坊っちゃまのことでございますね」
私はなんでもお見通し、とでもいうような笑顔で言われ、素直にこくりと首肯する。まぁそもそも俺と小松さんは会長以外に接点ないからわかって当然なんだけど。
どうして小松さんに話を聞きにきたのか?だってそれは、悔しいけれど、今は会長のことならば小松さんに聞くのが一番だから。もちろんいつかは俺が一番詳しくなってみせるけどね。
「ちょっと聞きたいことが…えーっと、最近会長は誰かとよく一緒にいるんですか?」
「坊っちゃまがどなたかと?八代様以外に、ということでございますよね?」
「うん。あー…どちらかというと、付き纏われてるって言ったほうが正しいのかもしれない」
噂でしか知らないのでちょっとオブラート包んでみると、はてな?という顔をされてしまったので、噂そのままに伝えてみる。うちの学校では噂は誇張されて伝わるものだからどうかと思ったけど、意外にも小松さんはあぁ、と合点がいったという表情を浮かべた。
「えぇ、そうですね。近ごろ坊っちゃまはあるお方に言い寄られているようでございます」
「い、いいい言い寄ら!?え、それちょっとどういう」
「そうですねぇ…口頭でご説明させて頂くよりも―――あぁ、坊っちゃまがいらっしゃいます。直接ご覧になるほうが、きっと聞くより早いですよ」
そう言われてはっと校門の方を見れば、颯爽とこちらへ歩いてくる我らが渡来会長の姿が。別に悪いことなんかしていない。ただ、ちょうど会長のことを相談していたからか、どこかに隠れないと!という思いがなぜか頭をよぎる。でももうそんな時間はない、どうすんのこれ!と俺がわたわたしていると―――思わぬところから、第三者の介入が入った。
「――――!」
何か叫びながら会長へと突進していった背の高い金髪…外人さん?しかし怒濤のように喋り倒しているその人を受け流しながら、こんなことには慣れているというように会長はこちらへ向かう足は止めない。チラリと小松さんを見れば、こくりと頷かれた。なるほど、この金髪さんが例の噂の男なのか。
普段の会長の他人への接し方から考えると、ビックリするくらいつれない態度。だというのに、俺が小松さんの隣にいるのを見つけてふっと微笑んでくれるのだから堪らない。あぁもうかっこよすぎる!やめてください、心臓もたないから!心拍数上がりすぎて辛いから…!そんな俺の気持ちなど露知らず、相変わらず喋っている金髪さんをくっつけながら、会長は俺のもとへとまっすぐやってきた。
「どうした八代、俺になにか用か?」
「あ、や、えっと…」
「ん?どうした?」
「あ…あ、今度の公演、観に行ってもいいか聞きたくって」
「げ…いや別に良いけどよ、お前はいつも一番近くで見てるだろうが」
「舞台上で輝いてる貴方を観たいんです」
にっこり笑ってそう言えば、会長は困ったように、けれどどこか嬉しそうに微笑んだ。くしゃっと俺の頭を撫でてから、小松さんが開けたドアから車へ乗り込む。
「じゃあ明日チケット持ってくるな」
「ありがとうございます。…今日もお疲れさまでした」
「あぁ、お前もな。もう帰るんだろう?」
「はい、今日の仕事は終わりましたし。レッスン頑張ってください」
会長はこくりと頷くと、何故か俺が会長と話している間は静まりかえっていた金髪さんに声をかけた。そういえばそんな人いたんだっけ。急にあまりに静かになるものだから、すっかり忘れてた。
「さっきの話は以前断ったはずだ。考えは変わらねぇよ」
「う…わかってるけど、でもやっぱりボクは諦められないよ」
「知るかよ、それはお前の話だろ。俺には関係ない、以上」
話は終わりだと告げて、小松さんに閉めろと合図をする。閉まる直前に俺を見てまた明日な、とニッと笑うもんだから、俺の心臓がまた暴れだしてしまう。あぁもう心臓に悪い人だな…!閉まってしまえば外からはさっぱり中がわからなくなってしまうが、きっと俺が真っ赤になったのを見てあの人は笑っているんだろう。
静かに車が走り去るのを見送ってから、さて俺も帰ろうとくるりと向きを変える。噂の男の正体もわかったし、相手にされてなくて本当に一方的につき纏ってる感じだったし、なにより小松さんが放置しているなら問題ないと思ったのだ―――しかし。
「ふぅん…君が例のヤシロくん、ね」
振り向いた先には仁王立ちの金髪さん。タッパのある彼に見下ろされると威圧感がすごい。なんか知らんがすみませんって言いたくなる。なんでそんな不機嫌そうなのか聞いてもいいですか?
「…八代は俺ですけど、なにかご用ですか?」
「うん、君に頼みたいことがあってね」
「頼み?俺にですか?」
「君にしか出来ないことなんだよ。ショウを説得してくれないかな?」
「説得…?」
ショウとは会長の名前である。会長の名前は渡来翔(ワタライ ショウ)。イケメンは名前もイケメンだからズルい。ちなみに俺は八代慶太(ヤシロ ケイタ)です。悪くない名前だと思ってる。顔だって役員に選ばれるくらいにはイケてるはずだ。
「そう…ショウにはボクが所属してるバレエ団に入ってもらいたくてね。なかなかうんとは言ってくれないんだけど」
「あーそれは…」
「彼の才能はこんなところで燻らせるには勿体ない。君だってそう思うだろう?」
穏やかな口調とは裏腹に、緑色の瞳が俺をきつく睨んでくる。一体俺の何が彼を苛立たせてるのかわからないけれど、その言い分には一言言わせてもらわなきゃならないな。
「確かに会長の踊りは人の心を揺さぶるものがあります。…だけど本人から聞いてるとは思いますけど、会長はプロになるつもりはないようですよ。彼には彼の考え方があるんです。それなのに彼の意思を無視してまで勿体ないからと無理矢理踊らせるのは、あなたの傲慢でしかない。俺は説得なんてしませんよ」
会長には、後を継ぐべきものがある。それになにより、自由に踊りたいのだと、そう言っていた。
必死なのはわかるし彼をプロにという気持ちもわかる。だけど肝心の彼がそれを望んでいないのだから、俺は絶対に説得するつもりはない。彼が自由気ままに踊っているのが良いと言うのならそれで良いじゃないかと思うのは、彼の踊りをいつでも見られる立場にいるからかもしれないけれど。
―――だけど、説得されてどうにかなるような人だとは思えないし、それに強要された踊りを踊ったところで、彼本来の輝きが生まれるとは思えない。
言いたいことは言った。しっかりと緑の瞳を見つめ返すと、しかし意外なことに、金髪さんは呆れたように息を吐いた。
「まさか会社を継ぐのが本当にショウの意思だと?違うよ、数年前までは入団を希望していたもの。会社は弟に継がせるってね」
「え、」
「まったく…わからないの?君のせいだよ、ヤシロくん。ショウは君のために自分の夢を捨ててココに残ろうとしているんだ」
「は…?」
…そんなわけがない。
俺の影響で動くような人じゃない。まして将来まで変えてしまうなんて、そんなことをする人じゃない。そんな、わけが―――…
「ねぇ、だから君がショウをこっちまで連れ戻してよ。ショウがやりたいことを諦めるなんて、君だって望んでないだろう?」
「でもっ、」
「いい加減ショウを解放してあげてくれないかな?あの子を自由にさせてあげられるのは、あの子を縛り付けてる君しかいないんだから」
にっこりと、今度こそ口調同様に穏やかに笑う、堀の深い白人らしい整った顔。その緑色の瞳を見つめながら、俺はぐるぐると思考の渦へと落ちていった。
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