5万打御礼企画 | ナノ
ピリリリリ、と携帯のアラームが鳴る。シャーペンを持っていた手をぱっと伸ばして音を止め、ぐっとそのまま腕を引っ張って伸びをした。英作文を書き連ねていたノートをぱたりと閉じて立ち上がる。
さて、そろそろ頃合いかな。
【完璧なあなたへ】
お盆の上に乗った食器がカチャカチャと音をたてる。どんなに細心の注意を払って運ぼうとも、誰もいない閑散とした廊下はどんな小さな音でも拾って響かせてくれる。だからもう最近は頑張ること自体やめてしまった。どうせ頑張ったところで誰もいないのだから誰の役にもたってないと気づいたせいもあるけれど。
もうすっかり日が暮れて、暗くなってしまった空。つい一瞬前までは見事にオレンジに染まっていてそれはもう綺麗だったというのに。冬の空は、まったくもって気が早い。
今日の夕飯は季節の洋食Bセット。
昨日は和食だったからと選んだこのセットのメインはホワイトシチュー。いかにも美味しそうで、注いでもらってるそばから思わずほっこりと笑ってしまうほど。今日は一段と冷え込んでるし、我ながらいいチョイスだったと思う。きっとあの方も喜んでくださるだろう。
そんなことを一人で考えつつ歩いてきた廊下。ようやっと目的地に辿り着いて片手でお盆を持ち直す。さて、今日はいったいなにをされているやら。ライオンの頭を模したノッカーできっちり三回ノックして、がちゃりとその扉を押し開いた。
「お疲れさまです会長様、お夕食をお持ちしました…って、え!?」
「おーごくろう。そこ置いといてくれ」
「ちょ、え?なにがあったんです!?」
広い生徒会室に、所狭しと山積みになった資料の束。目を疑う光景に口をあんぐりと開ける。いったい、いったいなにがあったというのか。過去ログをこんなに引っ張りださなきゃならないなんて只事ではない。
眉間にシワを寄せ、難しい顔をして資料を読み漁る姿は相も変わらず壮麗。美形は真剣な顔ほどよく似合う。迫力が増してより美しいのだとはよく言ったものだが、しかし、ここは生徒会長親衛隊の隊長という栄誉ある立場に就いた人間として、この方をこのまま放っておくわけにはいかない。
「か、会長様、なにかあったのですか?この資料の山はいったい…」
「あ?あー、これは過去の予算会議の記録な」
「予算会議って」
「ん、明日の。とりあえず全部頭に入れとこうと思って」
「ぜ、ぜん!?」
なにから驚いていいかわからない。平然と言ってのけられた言葉に、さっきとは違った意味で開いた口が塞がらない。
生徒会長親衛隊の隊長へと、ついに昇格してから一ヶ月。
この方の完璧主義には、もう大分慣れたと思っていた。書類提出は必ず期日の一週間前だし、会議の進行だって何度もシュミレーションしてあるから完璧で、他の役員の方々のお仕事さえ完璧に把握していて、進行が遅れそうになると率先して手伝いに回る。ここまでお側につくようになる前はなにからなにまで完璧な天才だと思っていたけれど、その完璧さは完璧主義の性格ゆえだったのかと驚くと同時に、その裏に隠された努力に感嘆したものだった。天才だなんて、ここまで努力されている方に失礼だ。
それを知ってからというもの、この方にお仕えしたい、この方のお力になりたいという気持ちは日に日に大きくなっている。
親衛隊長に就任して、この方のこういう一面を、本当の姿を知ることができたことが、なによりも嬉しかった。だからこの方の努力をお支えしようーーーそう、思ったのに。
「さ、さすがにやりすぎなのではないですか…?」
「んー…や、これくらいやんないと自分の気が済まねぇからさ」
「ですが…っ」
大丈夫だと笑う顔に浮かぶのは紛れもない隈。
ああ、きっとこの方は意地でもこの量を頭に入れるつもりなのだろう。そしてこの方なら頭に入れるのはそこまで大変なことじゃない。単に、この量を読み切るというのが洒落にならない負担なだけで。
せっかくほかほかだというのにシチューには目もくれず、黙々と書類に目を通す会長様。ああもう、仕方ないな。その姿にひとつ息を吐くと、俺はつかつかと会長様の席の前へと進み出る。書類に落ちた影になんだ、と顔を上げた会長様の頬を、ぽん、と両手で包み込んだ。
「少しだけ、休憩なさってください、会長様」
「な…っ」
「こんな隈つくって…いくらなんでもやりすぎですよ」
「っ、はなせ!」
目をこれでもかと見開いて驚いていた会長様が、はっと我に返って俺の手を払う。椅子を引いて俺から距離をとる会長様の顔は、うっすらと朱を帯びていて。ああ、隈も目立たないし血行も良さそうで、その方が健康的だ。思わず笑みを浮かべれば、会長様の眉間に大袈裟なくらい派手にしわが寄った。
「俺には俺のペースがある!口出しすんじゃねぇよ!」
「落ち着いてください会長様、不安なのもわかりますが…」
「は、はあ!?誰が不安だなんて…っ」
「え、だって会長様の完璧主義は、不安だからでしょう?」
俺の言葉に、こんどこそ目が零れるんじゃないかと思うほど見開かれる目。驚愕しているらしい様子に、なにを今更と苦笑する。
気づかれていないとでも思っていたのだろうか、この方は。完璧主義と言えば聞こえはいいが、結局は完璧でないと不安になる、完璧でないと許せない、そんな極度の不安がりなのだ。
「っるせぇな!不安でなにが悪い…!てめぇらの前じゃ完璧にやってんだろうが!」
「ええ、悪いわけないじゃないですか。素晴らしいと思います」
「だっ……え?」
「不安で、それを克服するために努力して、毎回自分が安心できる完璧なクオリティまで持っていって…本当に、なんて素晴らしい方なのかと」
「…っ」
素直に思っていることを言えば、ただ本当のことを言っただけなのに、顔を真っ赤に染めてぱくぱくと口を開閉する会長様。その姿に思わず口を緩めれば、ばっと書類で顔を隠されてしまった。
ああ、本当に隊長になってよかった。貴方のこんな姿を見られるなんて。努力する貴方は誰よりもかっこよく輝いていらっしゃるけれど、こんなにも可愛い方でもあったのですね。
自分のために、学園のために、なにひとつ不安要素なく対応できるまで努力することができるこの方を、素晴らしいと言わずしてなんと言えというのか。誰も見ていないところで人の何倍も努力してるこの方を、敬愛せずしてなにをしろというのか。
こんな方だから、誠心誠意お仕えしたいと思うのだ。会長様だからこそ、誰よりもお支えしたいと思うのだ。
でも、だからこそ。
「でも会長様、だからこそ、貴方はもう少しおやすみをなされるべきです」
「…え?」
「体を壊しては元も子もないのですから。誰よりも、なによりも、貴方自身を大切になさってください」
「っだがそれじゃあ…!」
書類の向こうに隠れていた顔が現れる。でも、とどこか不安げに眉を寄せる姿に、貴方の根っこの部分を垣間見れたような気がして。思わず、ふわりとその漆黒の髪に手を乗せていた。
「なんのために私がいると思ってらっしゃるのですか」
「おま、」
「大丈夫です。なにかあったらフォロー致しますよ、完璧に」
なんて、まだ就任一ヶ月足らずの新米に言われても信憑性の欠片もないかなと内心苦笑しつつ。それでも、いつもの完全無欠な自信に満ちあふれた顔ではなく、微かに不安げな表情をする貴方をこそ、支えたいと思うから。今の貴方こそが、努力によって隠された素の貴方だと思うから。
だから俺は、貴方が安心できるように柔らかく笑む。今、完璧な貴方に必要なものは、書類でも俺でもなく、多分きっと、休息だから。
「だからどうか、安心しておやすみください、会長様」
*end*
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