5万打御礼企画 | ナノ
「委員長!こちらにいらっしゃったのですか!」
「おー。どうした、俺になんか用か?」
「まったく貴方という方は…またオトモダチですか?」
「んー、まあな。飽きたから置いてきちまったけど」
廊下を曲がろうとして、たまたま聞こえてしまった話し声。どうせどちらも知り合いだ。おまけにわざわざこっちまで来た理由だって、その片方に書類を届けるため。それならば、その角を、あと数p先の角を曲がってしまえばいい。
(のにーーー…)
固まってしまった体。
それ以上進もうとしなくなった体は、もう言うことを聞いてはくれなかった。
【最愛の距離】
なにをしているんだと、思う。盗み聞きなんて悪趣味なこと、嫌いなのに。それに、なによりあの二人だ。聞いていたって得られるものなんてどうせ、二人の近さに対する憧憬、そして不毛な嫉妬だけなのだから。
それなのに、そうとわかっているくせに、それでも体は動かない。せめてほんの少しでも、彼方のことをなんでもいいから知りたいと思ってしまう。このまま離れるなんて、そんなことできやしない。
「…彼方様、私は貴方がなさりたいこと、わかってるつもりですよ」
「ああ、だろうな。なら、」
「それにしても、です。いささか度が過ぎるのではないですか?」
なにに対する、会話なのか。なにに対する、忠告なのか。
二人の間に割り込めないことはわかってる。どんなに頑張っても彼方のことを一番知っているのはあいつなのだということも。
それに、あの二人の間に、恋愛感情などないことも。
「度が過ぎる?あいつらの目を逸らすためにはこれくらいやっておかなきゃ足りないだろうが」
「ですが……」
「なんだよ?なにが言いたい?」
「ーーーあの方が、悲しみますよ」
ぽつりと呟かれた言葉を最後に、廊下を静寂が打つ。苦しいくらいに張りつめた空気。身動ぎすら許されない静けさ。
おそらく、それは彼方にとっての禁句だったんだろう。触れてはいけない禁忌の領域。そこに、それを承知の上で土足で踏み込む勇気ーーー否、信頼。彼方のために、だけを考えて、彼方の地雷を踏むことさえ厭わない絶対的な主への忠誠。
静寂によって浮き彫りになる、他者の侵入を許さない、二人だけの世界。
頭がおかしくなりそうだった。焦燥感だとか嫉妬心だとかでぐちゃぐちゃになっている心を、吐き出してしまいたくなる。なにもかもを叫びだしてしまいたくなる。
俺だって、俺だってお前のためならなんだってしてやりたいのに。その機会さえ与えられたら、なにをも厭わずにお前だけに自分を捧げるのに。
それなのに。
(どうして俺は、こんなにもお前のことを知らないんだーーー…)
馬鹿みたいだった。
こんなに必死になって、子供のような独占欲しか覚えられない自分が、酷く惨めで。だからこそ、こんなにも彼方を求めてしまうからこそ、自分があいつのようにはなれないのだと思い知らされる。
「…あいつの、ためなんだ」
「わかっております。ですが、貴方がここまで汚れ役を買わなくたって…」
「仕方ねぇんだよ!あいつを守るにはこれしかねぇだろうが…!」
苦しそうに絞り出された声。心臓を鷲掴みにするような、切実な叫び。高ぶった感情に任せたような激しい足音が、遠くへ去っていくのがわかった。
よほど、大切な人なんだろう。彼方を守るためにあいつが踏み込んだように、その人を守るために、彼方は自分を犠牲にしている。
悔しくて、苦しくて、悲しくて、それでも彼方が心配で、大好きで。
今にも追いかけだしたくてたまらない。なにができるわけでもないけれど、傍にいることなら、俺にだってできるから。
思わず足を踏み出した俺はーーーこちらに曲がってこようとしていた男とバチッと目があった。
「あっ…」
「えっ、会長!?」
元々丸い目をさらに丸くして驚く風紀副委員長。
最悪だ、彼方のことしか考えてなくて、すっかりこいつのことを失念していた。俺がなんの言い訳も思いつけずに固まってしまっていると、そいつは数回瞬いたあと、綺麗な笑顔を作ってみせた。
「あちゃー…もしかして、聞かれてた?」
「あ、いや、すまん…悪いとは思ったんだが…」
「いやいや、出てきにくい会話しててこちらこそ申し訳ない。困っただろ」
さっきまでの張り詰めた空気が嘘のように、肩をすくめて笑う副委員長。この、なんでもそつなくこなす小柄な彼が真剣な顔をするのは、彼方のことだけなのはわかってる。彼方以外の人間に対しては、基本的に柔らかな笑顔で対応するーーーはずの、こいつの笑顔が、どこか疲れたものに感じて。あまりにも張りぼての、貼り付けたようなものに感じてしまって。
思わず俺は、その頭にぽんと手を乗っけていた。
「ちょ、なに!?」
「いや、なんとなく…大丈夫か?」
「…なに、言ってんだか」
よしよしと撫でてやれば、綺麗に整えられたら眉がハの字に下がる。今度は困ったような、泣きそうな笑顔。さっきの作った笑顔よりずっといい。
わかってるんだ。彼方のことが死ぬほど好きで、こいつのことは死ぬほど羨ましくて嫉妬する。だけど、嫌いになんてなれるわけがないこと。彼方に対して直向きに向き合うこいつにただただ憧れて、そして俺と変わらず接してくれるこいつは俺にとっても大切な存在だから。
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