5万打御礼企画 | ナノ
『俺を、殺してくれないか…』
そう言って涙を流した画面の中の男。恋人である女性は、瞳を悲しさに染める。移る場面、展開していく物語。
しかしそこからいくら物語が進んでいっても、俺の耳の奥にはその言葉ばかりがずっと残っていた。
【If I want you to kill me 〜A×T〜】
ボスンとソファに座り込む。タオルでがしがしと濡れた髪の水分を吸いながら、ぼんやりと物思いに耽ってみたりする。
さっきの映画のあの男の懇願は、どういう意味だったんだろうか。あの言葉を向けられた彼の恋人は、苦しそうに唇を噛み、しかしそれだけでその場面は過ぎていった。詳しい描写が描かれることなく、とるに足らない一場面として流されていった。
だけどあれは、あの言葉は、そんなに軽いものだったのだろうか。
「お、上がったのか」
「峰岸」
「ほら、カフェラテ」
「さんきゅ」
差し出されたほかほかと湯気をあげるマグを受けとる。一口含み、ほっと息を吐いた。
「ドライヤーは?」
「ん」
「てめぇなァ」
コンセントを入れてちゃんとセットしてあるドライヤーを差し出せば、おい、と言いつつも受け取ってくれる峰岸にニヤッと笑う。そうやって、いつもなんだかんだやってくれるのがわかってるから俺はそもそも自分で乾かす気なんかあるわけがない。そうわかってるくせに俺を甘やかすんだから、一人でなんでもできるはずの俺がこうなったのも全部お前のせいだろ。
「ほら、そっち向け」
言われ、いつものようにソファに足を上げて横を向く。その後ろから俺を脚で挟み込むようにどかりと峰岸が座って、セット完了。ふんわりと香る風呂上がりのこいつの香りも含めて、いつも通り。
ブオーンという音に吹き掛けられる温風。柔く手でとかされる髪。その温かさと心地好さに一気に眠くなってくる。
「瀬戸ー?」
「んー…」
「寝てていいぞー」
「んー…」
うつらうつらしながら、ついに我慢しきれなくなって目を閉じる。この気持ちよさを味わってしまうと、もう忘れられない。手放せない。中毒性がありすぎて、正直困る。
こういう小さいことが積み重なって、俺はきっとこいつを手放すことなんかできなくなってしまうんだ。隣にこいつがいないなんて想像することさえできなくなって。こいつがいないなんて、そんなのあり得ない、と。
(…だけど、もし)
あの映画のように、こいつに殺してくれと言われたら。
俺が、殺してくれと訴えたら。
そうしたら、俺は、こいつは―――…
「うし、こんなもんだろ」
「…ん?」
「ほら、寝るんだったらベッド行かねぇと風邪ひくぞ」
「…や、まだ寝ねぇ」
「そうか?」
心地好い微睡みからふわっと意識が浮上する。寝惚け半分の頭でふるふると首をふると、ごとりとドライヤーをテーブルに置く音と共に、後ろからぎゅっと抱き締められた。高い体温に包まれながら、ぐりぐりとうなじに押しつけられる頭を撫でてやる。
「…どうした?」
「いや…」
なんでもないと言いながら、しかしなんでもないわりにはぎゅう、と力のこもる腕。腹に回ったそれに手を重ね、されるがままに大人しく待ってやる。
「んー…お前さ」
「ん?」
「俺が殺してくれって言ったら、どうする?」
なんだ、なにを言い出すのかと思えば。
投げ掛けられた問いに、やはり考えていたことは同じだったかと小さく笑う。一緒に過ごす時間が長くなれば仕草は似てくると言う。でもまさか、価値観や考え方まで同じになることはないだろうに。三時間弱の映画を見ていて、引っ掛かる所がまったく同じだなんて笑えるな。
峰岸の体温を、重みを背中で感じながら、ゆっくりと思考を巡らせる。こういう時間が、とても幸せだと思う。欠けがえのないものだと思う。
そう、だから、もしもこいつに、そう思わせてくれるこいつに殺してくれと懇願されたら。
そしたら、俺は―――…
「そうだなぁ…それが下らねぇ理由だったり生半可な気持ちだったりしたら、迷わず思いっきり殴ってやるけど」
そこで一息置いて、腕のなかでぐるりと向きを変える。唇が触れそうな距離。その首に腕を掛け、そしてそのまま、俺はニヤリと口角を上げた。
「だけどもし、本当にそれがお前の幸せなんだっていうんなら。お前がそれで幸せになれるっていうんなら」
「…っ」
「…―――殺してやるよ、俺のこの手で」
掛けていた腕に力を込め、ぐいと首を引き寄せ勢いのままぶつかるようにキスを仕掛ける。するとそのまま、あっという間に押し倒された。
「っん…」
「…っ、…」
深くは交わさない、互いの唇を啄むようなバードキス。何度も何度も交わされて満足したのか、ふっと離れていく体。離れる体が名残惜しい、なんて。
顔を上げた峰岸は、ゆっくりと目を細めながら唇を舐めた。
「…俺は、てめぇを殺さねぇからな」
「そうか」
「ああ、どんなに頼まれても絶対殺してなんかやらねぇよ」
ぐっとソファへ縫いとめられた手首。無防備に晒された首筋へと落とされた唇に、ひくりと体が反応する。
「要らねぇ命なら俺がもらう。捨てる命なら俺が拾う」
「…っん」
「やっと手に入れたんだ。お前を殺すなんて、できっかよ…」
ちゅ、ちゅ、とキスを落としていく唇は、胸元まで辿り着く。しかしそこから降りていくことも脱がされることもなく、ぎゅうっと再び抱き締められた。
「…悪いな、俺にはお前を殺せない」
「ああ…お前の好きにすればいい」
そう言って笑えば、さらにぎゅうっと抱き締められる。柔く抱き締め返しつつ、それきり黙ってしまった恋人に小さく笑った。
本心だった。
お前の幸せのためならば、お前を殺すことだって、お前に生かされることだって、なんだってできるから。
(まあ、そんなことには絶対しねぇけど)
そもそもがそんな状況になるわけがない日常。
だけどもし、もしもそんな状況になったとしたら。
そんなこと俺が言うわけがない。そんなことお前に言わせるわけがない。
そんなことを頼むくらいなら、自分で決着をつけるから。そんなことを言わせる前に、絶対救い上げてみせるから。
なんて、そんなことを考えながら、心地好さに包まれて俺は再び微睡みへと落ちていった。
*end*
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