5万打御礼企画 | ナノ
「俺、好きな人いるから」
直輝(ナオキ)が、悪いんだ。
いつもは一筋縄じゃいかない、捻くれた性格してるくせに。そんなありきたりで定番な断り方、するから。
【部室の鍵が見つかるまでは】
「委員長のことが好きなんです!僕と付き合ってください…!」
バスケ部の部長に用があって、たまたま訪れた体育館。話も終わってさあ帰るかと何の気なしに通りかかったそこで、偶然なんとも面白いものに、遭遇してしまった。
(ナオが告白されてる―――…!)
こんな貴重な現場にぶち当たってしまった以上、そのまま帰るなんて選択肢はもちろんなくて。後でからかってやろうとほくそ笑みながら、近くにあった建物の陰に隠れて盗み聞きを開始する。
それにしても、あんだけのルックスしてて浮いた噂の一つもない、鉄壁のノンケだって言われてるナオに真正面から告白だなんて、あいつも勇気あるなあ。数多の美少年たちが、我こそはと挑んで見事に玉砕しているってのに。
…なんて俺が余裕でいられるのは、ナオが心底めんどくさそうな顔、してたから。
「…や、俺、あんたのこと知らねぇし」
ほら、やっぱり。基本的にナオって、“他人”のこと嫌いだし。
まあもちろん俺は、ナオにとって“他人”以上な自信あるし、俺もナオのこと誰よりも知ってるけどな、なんてちょっぴり優越感。
「じ、じゃあこれからいっぱい知ってもらって、それからでも、それからでも良いから…っ!」
必死な声。か細く震えて怯えてるけど、それでもどうにか繋がりを持ちたいと必死に情に訴えるそれ。
ああ、粘るねえ。そうやって頑張る子は俺は嫌いじゃないよ。だけど人間関係を煩わしく思うナオにとっては迷惑以外のなんでもないんだろうなあ、可哀想だけど。
なんて、余裕をかましていた時だった。
次の瞬間耳に入ってきた言葉に―――俺の思考回路は、停止する。
「俺、好きな人いるから」
…―――え?
刹那、頭が真っ白になった。
わけもわからず、ひゅ、と喉の奥が音を立てる。
「だから、あんたの気持ちには応えられない…ごめんな」
なんだ、それ。なんなんだよ、それ?
好きな人?知らない。そんなこと、そんなこと俺は、聞いてない。
「う、そ…だろ……?」
思わず口から零れ落ちた音。
こんな微かな声が遠くまで、ナオまで届くわけがないのだけれど。それでもナオがこっちを見た気がして、隣にあった扉へと咄嗟に滑り込んだ。
ばくばくと五月蝿く脈打つ心臓。全身が音をたてているようで、この心臓の音だけで気づかれそうで、馬鹿みたいに息さえ潜める。そうして物音を極力たてないように立っていると、どこからか近づいてくる複数の足音。そしてその反対からは、ナオのものだと思われる足音。
もう、話は終わったんだろうか?
「あ、委員長」
「お疲れっす!」
体育会系のやつらだと思われる足音は、この扉の目の前で止まった。慌てて扉から離れると、すぐそばからナオの声。
「お疲れ。どうした、もう終ったんだろ」
「あ、部室の鍵を閉め忘れてたんで、閉めに」
「へえ…。気をつけて帰れよ」
自分から聞いておいて、しかし興味なさそうな返事をして遠退いていく足音に心底ほっとした。よかった、あいつ、俺のこと気づいてなかったんだ。
安堵の息を吐いて再び軽く扉に寄り掛かる。と、カチャッと背中を伝わる軽い震動。ついでナオのことを話しながら遠ざかっていく足音たち。あいつらも行ったし、しばらくしたら俺も出るか…と、思って、はたと気づいた。
(鍵を閉めに?カチャッ…?)
導き出される嫌な予想に慌てて周りを見回すと、脱ぎ捨てられたユニフォームに転がっているボール、ベンチにロッカーが目に入る。極めつけは、“燃えろ!輝け!神沢サッカー部!”なんてやっすい文句が無駄に高級な素材の生地に、そこまで上手くもない字で殴り書かれている横断幕。
「ちょっ、おい嘘だろ…!?」
ぞっとしてガッと掴むも、ガチャ、なんてそれっぽい音をたてるくせに、いくら捻ったところで回ってはくれないドアノブ。回らないのだから、押しても引いてももちろん開くわけもなく。
「おいっ!まだ中にいんだよ開けろ!戻ってこい!てめーら!!」
ガッチャガッチャと無理矢理ドアノブを捻りながら、ついさっきまでそこにいたはずの奴らへと怒鳴って呼び掛ける。この際だ、なんでこんなところに俺がいたのか勘繰られてもいい。見つかってもいい、というか寧ろ見つけてくれ!
しかしそんな俺の願いも虚しく、いくら叫ぼうとなにかが反応する気配はなくて。ひとしきり叫んで騒いだあとに、いい加減疲れてガンッとドアに八つ当たるように寄り掛かった。はあーっと深々ため息をはきながら、ずるずるとドア伝いにしゃがみこむ。
きっとこんなドア、蹴破ることは可能だろう。だけど生憎、弁償代を払うのは面倒くさいから、なんて言い訳をして諦めるくらいには、今の俺にそんな気力は残っちゃいない。
「くっそ…」
仕方なくポケットかスマホを取り出すと、リダイヤルの上から二番目の名前をタッチする。一番上はナオ。だけどここでナオに掛けられるほど、俺は勇者じゃないから。
「あー…俺だ」
『会長?どうしたんですか』
掛けた相手は、我が副会長。その向こうでは、なになに会長どしたの〜?という会計の緩い声が聞こえる。きっと書記も、俺と副の会話を聞いてるに違いない。
あ、やばい。みんなの声を聞いたら泣きたくなってきた。くそ、お前が淹れた紅茶が今すぐ飲みたいよ、俺は。
「あーのさ、ちょっと頼みたいことあんだけど」
『なんですか?』
「サッカー部の部室の鍵、持ってきてくんねぇ?」
『ああ、はい………はい?』
一瞬空いた間。そりゃそうだ、普通サッカー部の部室の鍵なんて俺には縁がない。きっと副会長が顔をしかめてるんだろう。さっきよりもかなり真剣な会計のどうしたの?という声がする。
『えっと会長、なんででしょうか?』
「あー…うん、まあ、色々とあって閉じこめられた、みたいな?」
『はっ!?えっあなた、制裁にでも…!?』
「いやいや、ちげぇよ」
驚愕した副会長の言葉の後ろから聞こえる、そいつらぶっ殺してやる!といきり立つ会計の声に、ガタッと恐らく書記が立ち上がった音。俺ってば役員から愛されてんなーと思わず苦笑した。
「とりあえず、鍵よろしくな」
『え…ええ、お任せを。すぐにお迎えに上がりますよ』
「ははっ、頼んだぜ王子様」
そんな軽口を叩きつつ、画面に指を滑らせる。つい一瞬前までは外と繋がっていた機械が静かになり、一気に周りが静まり返った。
通話を切ったことで再び戻ったリダイヤル画面に表示された名前に、ぎゅっとスマホを握り締めた。
「あー……好きな人、かあ…」
虚しく響く独り言。
柄にもなく感傷的な気分になって、急に目頭が熱くなった。
「きっついなあ…」
震える声を誤魔化すように、はっ、と小さく息を漏らす。
ノンケのあいつが、俺を好きになることなんてないのはわかってた。だけどどこかで、ずっと隣にいれば、いつかもしかしたら振り向いてくれるかもしれない、そんな淡い期待もしていて。
性格はお世辞にも優しいとは言えないし、顔だって女っぽさの欠片もない。筋肉は程よくついて、身長もナオと一緒で180あって、体格もほぼ同じ。そんな俺に比べたら遥かに女の子らしい、あのチワワのようなやつを前にして、ナオはばっさりと切り捨てた。
お前なんて論外だ、と言われているような気がして。
ナオが振り向いてくれることなんてないってわかってはいたけれど、それでも現実を突きつけられると、正直キツい。告白して振られていたのは自分じゃないのに、自分が振られたような気になって、涙が溢れた。
告白さえも、してないのに。
あいつのように告白する勇気さえ、ないのに。
「…っくしょ…っ…」
ボロボロと泣く自分を嫌悪する。
気持ちを隠してあいつの隣になんでもない顔して立っている俺に、悲しむ権利なんて、ありはしないのに。
「…っく、ナオ…っ」
だけど、今だけ。今だけだから、泣かせて。
ここから出たら、俺はきちんと俺として立つから。こんな情けない姿を晒しはしないから。
誰もいない、ここで。誰も見ていない、ここで。
部室の鍵が、見つかるまでは。
*end*
貴方の想い人が、自分だとは気づかずに。
(title by
確かに恋だった
様)
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