月に泣く | ナノ

 日本語は完璧。おまけに顔に似合わずなかなか口が悪い。
 どうやら話は通じるらしいとほっと胸を撫で下ろす。そうして突然の乱入者が敵か味方なのかを判断しようと少しだけ眉を寄せている男に向かって、潔白を主張するようにぱっと両手を挙げた。

「突然悪いな。俺はこいつらと同じ学校の人間で、お前とは初対面。うちの奴らが迷惑を掛けて、すまなかった」

 そう言って謝れば、彼は驚いたようにそのバサバサとした睫毛でパチリと瞬く。ぐるりと再度自分の周りを認識するように視線が巡って、それから少し罰が悪そうに眉を下げた。

「ああ、いや、俺こそこんなんしちまって」
「こいつらが仕掛けたんだろ? 悪いな、躾のなってない奴らで」
「あー、あんたがこいつらのボスなのか?」

 こいつらの、ボス。
 今度は藤堂が瞬く番だった。彼の言葉に返す言葉を探して、一瞬口を閉ざして。それからとりあえず、KOされて呻き声を上げる不良たちの中心から移動しようと歩き出す。大人しくついてくる彼の方を振り返りながら、藤堂は少し肩を竦めた。

「ボス……というか、まあ、責任者というか、取り締まんなきゃなんねえ立場というか」
「へえ。偉いんだ?」
「いや、別に偉いわけじゃねえけどな。こいつらが単純に慕ってくれてるってだけで」

 現場から少し離れたところで立ち止まった藤堂の言葉に、彼の秀麗な眉がひょいと上がる。そうして少し面白そうに口角が上がった。
 本当に、一つ一つの仕草がいちいち絵になる男だ。そう感心しながら彼を見つめる。

「ふーん……じゃあその、慕ってくれてるこいつらを伸しちまった俺に仕返ししにきた感じか?」

 その言葉に、藤堂は黒鉄生が倒れている方へと視線を飛ばした。ゴロゴロと転がっている黒い学ランを見て、思わず小さくため息を吐いて首を振る。視線を戻せば、相対する青い瞳は少し驚いたような色を乗せていた。

「いや、そんな関係じゃねえよ。こいつらが校内でいくら喧嘩しようと負けようと勝手だし」
「ふうん?」
「こいつらが学外の人間に手を出したら別だけどな。そういうときのために風紀委員長なんて肩書きを背負ってる」
「へえ……!」

 とはいえ別に、風紀委員長だからやっているというわけではないけれど。藤堂にとっては黒鉄高校自体が島だから、そこのトップとしては統治するのが当然のことだった。なんて、そんな不良同士の縄張り精神なんて、学校同士の抗争など存在しない優雅な世界に生きている人間には理解できないだろうけれど。
 だからこういう場合には、肩書きを出した方が楽なのだ。そして案の定、藤堂の言葉に素直に感心したように表情を変えた男。しかしそれ以上は語るつもりのない藤堂は、話題を変えるために真っ白なブレザーを指差した。

「あー、それでその、制服なんだが」
「え? あ、ほんとだ、血付いちまった」
「汚しちまって悪い。クリーニングを、」

 見るからに良すぎる生地でできていそうなそれは、一口にクリーニングといえど高級なところでないと、そもそもの本体をダメにしてしまいそうだった。それになにより、きっと着ている本人が着心地がいつもと違うことに気づいてしまうだろう。
 彼にいつも利用しているところを聞いて、そこに持っていってお願いして。島を統治するなどと偉そうなことを言ってはいても、実力で治めているだけで、残念ながら俗にいう統治者のような金はない。これは風紀の経費で落ちるだろうかと内心冷や汗を掻く藤堂を余所に、彼はなんでもないように首を振った。

「え? いいよ別にこんなん」
「喧嘩させたうえに、持ち物にまで被害出してるだろ。お詫びくらいさせてくれ」
「んー、でも俺も結構手加減なしで伸しちゃったし、それでお相子じゃない?」
「それは力量を見誤ったあいつらの自業自得だよ」

 そもそもあいつらが負けてKOされる状況は、あいつらが仕掛けなければ起こり得なかったことなのだから。結果として見掛けにそぐわずこの男が強かったおかげでこんな立ち話できているが、そうでなかったらと思うとゾッとする。
 喧嘩を吹っ掛けたお詫びには足りないかもしれないけれど、せめてその制服くらいこちらでどうにかしよう。いや、どうにかさせてくれ。そんな藤堂の思いに気づいたのか、キョロリと辺りを見回してその唇をゆるりと緩めた。

「じゃあさ、ちょっとこのあと付き合ってくれるか?」
「このあと?」
「あ、でもあいつらの対応しなきゃなんねんだっけ」
「いや、あいつらのことはこれから部下が来てやるが」

 キラキラチャラチャラしたあいつが、言葉通りにちゃんと風紀に通報していてくれればだけれど。ふと垂れ目のいかにも頭が軽そうな顔を思い出してしまって、突如猛烈に不安になる。これは念のために一度こっちからも連絡を入れておこうか。そうスマホを取り出そうとした藤堂の前で、事情を知らない綺麗な碧眼が輝いた。

「えっじゃあいいよな? いや俺、一人で街に下りてきたはいいものの、一人じゃやっぱやることなくて暇でさ」
「だからお茶に付き合え、って?」
「そ。久々に体動かして喉乾いたし、クリーニングなんかよりよっぽど嬉しい」

 そう言って日本人のものよりも格段に白い指先が指したのは、すぐそこにあるカフェで。眩しいほどに嬉しそうな笑顔を前に、そんなことで喜んでもらえるのならと、藤堂は頷いたのだった。




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