月に泣く | ナノ

「あれ、藤堂(とうどう)さんだ、めっずらし!」

 天気があまりにもよくて、珍しく一人でブラブラしたいと思った日だった。ただでさえ悪名高い制服に、不本意にもそういった界隈の学校に知れ渡ってしまっている顔。おまけに悲しいかな、目つきの悪さには定評も実績もある。以上を要約すると、一人でブラブラなんてしていたら、録な目に合わない。しかしそうとわかりつつも、どうしてか今日は、それを押してでも出歩きたい気分だった。
 そんな珍しい気分に任せてフラフラと目的もなく歩いていると、ふいに名前つきで後ろから掛けられた声。まるでこっちのことをよく知っているかのようなそれは、しかし残念ながら聞いたことのない、知り合いのものではない声で。やはり一人で散歩させてはくれないか。予想通りの展開に落胆するものの、しかし敵意を感じないだけマシなのかもしれない。
 くるりと振り返った先、視界に入った男は、一纏めにした長い金髪に見ているだけでこっちが痛くなる数のピアス、そして見慣れた黒の学ランを羽織っていて。それだけでもうお腹いっぱいだというのに、中に着ている真っ赤なTシャツと金髪のコントラストに思わず目を細めたくなった。元々垂れ目なのをさらに下げてヘラリと笑う彼の顔に見覚えはないけれど、この制服を着ている以上うちの学校の生徒なのだろう。ということはつまり十中八九録な人間ではないなと思いながら、藤堂はひょいと片眉を上げた。

「なにか用か?」
「えっへへへ、やー藤堂さんと町で会えるなんて思ってなくてつい声掛けちったあ」
「……」
「えーまってまって、せっかく会えたのにー!」

 せっかくと言われたって、こちらは見ず知らずの人間に声を掛けられているのと同じなのだから仕方ないだろう。それでも一応、呼び止められたからには立ち止まる。
 別にうちの生徒が嫌いなわけではない。嫌いなわけではないし、むしろ可笑しな輩に絡まれるよりもずっとずっとマシだった。しかし如何せん、今日は一人でのんびりしたかったのだ。勝手な都合で悪いけれど、こういう奴に絡まれたときのためになにかやることを作っとけば良かったなとぼんやり思いながら再度振り返れば、酷く不満げな表情を返された。

「もー、俺のことどうでもいいって顔しすぎじゃない?」
「実際どうでもいいからな」
「えっ嘘わかんないの? 俺結構黒校(うち)じゃ有名なんだけどな、荒れたヤンキー校、黒鉄に咲く一輪の華〜っつって」
「あーはいはい、すごいすごい」

 パチリと綺麗にウインクされて、案の定、録な奴じゃないことが予想から確信となった男に半眼で答えてやる。それに適当すぎるよひどーいと喚いている男は、確かに厳つい不良ばかりの黒鉄生にしては珍しく女好きのする甘いマスクなのかもしれないが、その二つ名は如何なものか。
 自分で言ってて恥ずかしくないのかと素朴な疑問を抱きながら生暖かい目で見返せば、よく回る口がうっと押し黙る。しかしすぐにそうだと声を上げて。いい加減苦しくて誤魔化しにきたのかと思いきや、彼はへなりと眉を下げて、少し困ったような顔をした。

「そうだった、俺藤堂さんに伝えることあんだった」
「なんだよ、用件あるんじゃねえか」
「うん、ケーサツに連絡しようかなって迷ってたときに藤堂さん見えたから」
「……警察?」
「あっちで、うちの生徒が喧嘩始めて」

 あっち、と彼が指差す方向はいかにも黒鉄の生徒が好みそうな、人気のない路地裏。見るからに危なそうな雰囲気だけれど、伊達に不良校として名を馳せているわけではない。非常に不名誉なことに、藤堂はこの類いの報告を嫌というほど聞き慣れていた。
 ただ一つ引っ掛かるのは、いくらこの男がなんたらかんたらと呼ばれるような喧嘩と無縁そうな人間であるとはいえ、仮にも黒鉄生が警察を呼ぶという発想に至っていること。喧嘩ができるできないに関わらず、ここまで悪評が拡がっている以上、警察を呼ぶとどんな状況であっても不利に働くのは明白だった。それでもなお警察を呼ぶという選択が出てくるのは、知り合いが関与していてどうにかしたいからなのか、もしくは他校生、それもいつも小競り合っている不良ではない他校生絡みなのか。

「それで?」
「あー、絡まれてたの、他校生でさ」
「どこのだ?」
「んー……はは、えっと、至宝(しほう)?」
「……っ!」
「あっ、藤堂さん!」

 苦笑い気味に口にされた学校名に、思わず絶句する。固い笑顔を唖然と見つめ返したのは一瞬。意識が戻るより先に脚が勝手に走り出していた。
 まさか、まさかよりにもよってあの、天下の至宝学園。なるほどそれは、リスクを負ってでも警察に連絡となるわけだった。

「風紀の応援呼んどくね!」

 確かに苦笑いしか浮かばない。じわりと嫌な汗が滲む背中に掛かった声に、振り返りはせずにぶんと大きく後ろ手を振って走り続ける。


 まさかこれから向かう先で、人生を大きく左右する人物と出逢うことになろうとは、このときの藤堂は知る由もなかった。



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