月に泣く | ナノ



 そして話は冒頭に戻る。
 門で車を止められ、門の前で待っていた守衛に名前を告げる。すると「お待ちしておりました藤堂様」と恭しく頭を下げられると共に開かれた門に、これはきっと、いくら水無瀬の生徒手帳を持っていると主張したところで聞いてはもらえなかっただろうと乾いた笑いが漏れた。黒鉄生がアポなしでそんなことを言い出したら、窃盗か強請りにでも来たのかと疑われかねない。いくらなんでもそんなこと、と否定できないのがこの学校の怖いところだった。庶民がどうこう言ったところで、入れるような場所ではなかったのだ。
 するすると進むタクシーは、校舎前のロータリーへと辿り着く。ゆっくりとそれに沿って回る運転が、公道を走っていたときよりも遙かに丁寧になっているのは仕方のないことだろう。いやそもそも学内にロータリーってなんだ。本当に要るのかそれは。
 百歩譲ってお坊ちゃまたちの通学は電車なんて下々の乗り物を使うことはないとしても、そもそもここは全寮制だろう。さすがに寮からくらい車じゃなくて歩いてこいと思いつつ、ガチャリと勝手に開いた扉から車を降りる。するとそれを待っていたかのように、大きく古めかしい扉が、ギイと音を立てて開いた。

「こんにちは。君が藤堂さん?」
「ああ。あんたが、」
「うん、僕は東雲有紀(シノノメユウキ)。堤ちゃんの仕事仲間だよ」

 ふふっと嬉しそうに笑う東雲は、確かに堤下の言っていた通り、バサバサの睫毛に透き通るような色白の和風美人で。前情報によってハードルが上がっていたにも関わらず、そんなもの軽々と飛び越える納得の美しさ。なるほど堤下がレベルが違うと言うだけあるなと思いながら、藤堂は頭を下げた。

「今日は突然悪いな。東雲が快諾してくれて助かった、ありがとう」
「いいえ。しかし藤堂さん、ビックリするほど男前だね。堤ちゃんの言うことだから正直あんまり期待してなかったんだけど、これならここまで入れた甲斐があったわーなんて」
「お眼鏡に叶ったようでよかった」
「ふふ、いいね。容姿も立派な交渉の武器の一つだからな」

 花を飛ばして笑う彼が宮殿のような校舎を背景に言うと、説得力が違う。しかしまだ二人にしか会っていないが、至宝生は恐ろしく顔面のレベルが高い気がするのは気のせいか。たまたま会った二人が規格外な気もするけれど。

「あー、早速で悪いんだが、一つ頼みたいことがあってな」
「水無瀬様にお会いしたいんだったよね?」
「ああ。昨日あいつ生徒手帳を落としてったんでな」

 そう言って藤堂が取り出した袋を東雲はじっと見つめ、それから藤堂の顔へと視線を移し、たっぷり数秒考えてから一つ頷く。

「わかった。ひとまず中に入ってもらって、それから水無に会えそうかどうか調べよう」
「会えそうかどうか? 順番待ちかなんかがあるのか?」
「そりゃあね。なんたって水無瀬様は、うちのヒエラルキーのトップに君臨する、至宝学園の王様――生徒会長様だもの」

 当然、と笑う東雲はどこか誇らしげでさえあって。そうしてくるりと踵を返す、背筋を凜と伸ばした隙のない背中を慌てて追いかける。
 あの男が、天下の至宝の生徒会長。なるほど似合いすぎる。昨日の彼の、「優等生」という言葉に思わずニヤついてしまう。

「なあ、あいつって――」

 俄然楽しみになってきた学園での彼の王子様っぷりを聞きだそうとした藤堂だったが、しかし次の瞬間、言葉を続けられずに口を閉ざしていた。
 靴も脱がずに重厚な扉を抜けた先、現れたのは高く美しい天井に、照明はシャンデリア、極めつけはシックなワインレッドのカーペット。どれもが派手で煌びやかに見えるのに、その全てが集まっていてもうるさく見えないのはデザイナーの能力の賜物か。
 なんて、まるでお城か高級ホテルかなにかのような評価だけれど、今自分がいるのは、確か――

「学校だよな、ここ……?」

 思わず藤堂の口から漏れた言葉に、ぷっと隣が噴き出した。それに反応することもできずに立ち止まり、ポカンと校内を見回していると、するりと取られる手。そうしてようやくハッとした藤堂に向かって、東雲は綺麗に口角を上げて笑った。

「ようこそ、至宝学園へ」




prev / next

<< back



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -