月に泣く | ナノ



 無駄にど突き回って佐竹に吐かせたクラスは2年B組。あの馴れ馴れしさで一個下だったのかと思いながら2年のクラスに向かう途中で、ちょうど昨日も見た覚えのある派手な髪を見つけて。この学校には色んな色をした人間は山ほどいたが、あそこまで髪も制服もアクセサリーもとなるとなかなか珍しいからすぐにわかる。さすがモデル、理解できない高尚なセンスだな、と片付けるのは他のモデルに失礼か。
 所属しているはずのクラスに行ったところで、残念ながら会えるとは限らない。むしろ大人しくそこに留まっている人間の方が珍しいのはある意味この学校の特色とも言えるから、こうしてたまたま出会えたのは幸運だった。しかしなんだかんだみんな学校へは来ているのだから、律儀というかなんというか。毎日お金をかけずにたむろできる屋内となると、結局学校ぐらいしかないからなのかもしれないけれど。
 なんて考えていると、向こうもこちらに気づいたようで。元々垂れている目を、堤下はさらに垂れさせてへらりと笑った。

「あれえ、二日連続で会うなんて奇遇だねえ、藤堂さん」
「そりゃあ堤下に会いに来たからな」
「あっ俺の名前知ってくれてる! うれしーい」

 ヘラヘラと、お金が発生するらしい笑顔を大安売りする堤下。彼と一緒にいた不良たちも藤堂に気がついて、近寄りはせずともそわそわとこちらを見ているのがわかる。類友なのか、黒鉄生にしては厳つくない面々だが、一方で格好は当校比奇抜で派手。目がチカチカするような格好で藤堂さんだやべえかっけえと遠目でひそひそ囁きあっている彼らは、害はない。ないのだけれど、どうにも気が散る。

「昨日のことでひとつ聞きたいことがあって」
「うんー?」
「ダメ元で聞くけど、あいつの連絡先とか知らねえよな?」
「えっ俺が? ふふ、見かけただけのあのイケメンの連絡先知ってると思うー?」

 知ってたら嬉しいけどさあ、と笑う堤下に、やっぱりそうだよなと肩を落とす。ダメ元ではあったけれど、では実際ダメだった場合の次の手はというと、残念ながらまったくない。
 そう、なぜなら昨日、藤堂は彼の連絡先を聞かなかったから。それに尽きる。
 なぜ連絡する事態には陥らないと思っていたのかと、昨日の自分に対してううん、と唸る。これはもう正面突破しかないか。思いきり顔をしかめていた藤堂は、正面からの視線に気づいて方眉を上げる。視線で促せば、堤下はむずむずさせながら口を開いた。

「でも実は俺、至宝に知り合いいるんだよねえ」
「えっ、お前が? 至宝に?」
「藤堂さんて潔く失礼だよね」

 そう言って堤下はくすくす笑ったけれど、自分たちとは世界が丸きり違う人間なのだと昨日散々思い知ったから。堤下がどうこうという話ではなく、単純にいったいどうすれば彼らと巡り合うのかわからないのだ。しかし堤下は、なんでもないことのようにニコリと笑った。

「ちょっとね、お仕事仲間にいるんだ」
「あっそうか、モデルだっけか」
「そうそ! てかすごいね藤堂さん、俺のことめっちゃ調べてくれたんだ? 昨日はなんだこのロクでもなさそうな奴って感じだったのに」
「あーまあな、うん」
「取り繕わない藤堂さんが好きだよ」

 くすくすと笑いながら、堤下は尻ポケットからスマホを取り出す。
 そしてスイスイとしばらく親指を動かしてから、彼は藤堂に向かって画面を突き出した。

「ほらこの子、至宝の子だよ。すっごい美人さんで、それこそ住む世界もビジュアルも人気もなにもかも、俺とはまるでレベルが違うんだけど、恋バナが好きで俺にいっつも話してくれるの」
「ふーん……なんで堤下なんだ?」
「うーん、男同士の恋愛に偏見がないからじゃない?」
「あー、やっぱ至宝はそういう系なのか……」
「なあに、ビビっちゃった?」
「いや、水無瀬なんかすごいんだろうなって」
「ミナセ?」

 水無瀬の名前に反応して堤下が首を傾げる。それに思い出されるのは、名乗るのを渋る水無瀬の顔。名前言うのはマズったか、と少し焦った藤堂だったが、しかしその様子には気づかずに堤下はぱあっと顔を輝かせた。

「ミナセさま! そっか、あの人が……!」
「あ、悪いんだが堤下、」
「そのミナセさまが、この子の好きな人!」
「名前は黙っててやって……え?」
「そっかそっかあ〜昨日の王子様かあ! ふふ、やっぱ揺るぎなく面食いだなあ」

 そう言って驚くほど輝いた笑顔に、藤堂はぱちりと瞬いた。楽しそうにケラケラと笑いながら猛スピードで指を動かしている堤下は、どうやらミナセがかの水無瀬財閥の御曹司だということには気づいていないらしい。至宝学園に通っている水無瀬姓というキーワードから連想できないのはなかなかだなと思いながら、ひとまずほっと息を吐いた。

「あーじゃあ、そいつに会うこととかって可能かな」
「うん〜大丈夫だとおも、ってすごい早さで返ってきた!」
「なんて?」
「んーとね、昨日ミナセさまに会ったって言ったら、話したいから放課後会えない? だって」
「あ、まじか。じゃあそんとき俺も付いてっていいかな。急ぎで渡したいもんあって」
「んー、でも俺今日撮影あるんだよねえ」

 正直直接会わずとも、至宝まで行って守衛かなにかに渡せばまず大丈夫なのだ。それでも可能ならば本人、そうでなくともなるべく親しい人にお願いしたい、というのは単なるこちらの勝手な希望なだけで、必須ではない。いくら天下の至宝といったって、一般人からの届け物くらい受け付けてくれるだろう。
 堤下は困ったように眉を寄せるが、藤堂にしてみれば、むしろここまで繋がったのが予想外で。ふむとひとつ頷いて、もう潔く諦めると口を開きかけた藤堂だったが、スマホを見ていた堤下が不意に、あ、と呟いた。

「ね、ミナセさまに渡すものあるなら、今日の放課後おいでって。入校申請出しといてくれるってよ?」
「え、いいのか!」
「うん。急ぎなんでしょー? って」

 そう言ってにこりと笑う堤下が天使のように見えるのは幻覚か。二つ返事で行くと頷いて小さく拳を握りつつ、藤堂さん男前だよって言ったら予想以上の食いつきっぷりだよ、とケラケラと笑う声は聞かなかったことにする。たとえその、水無瀬レベルの面食い美人のお眼鏡に叶わなかったとしても、会ったら勝ちなのだと、そう自分に言い聞かせて。




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