月に泣く | ナノ



 山の奥深く、高くそびえ立つ大きな門。それが厳かに開かれていくのを、藤堂は呆気にとられて見つめていた。
 開いた門のさらに向こうに見える建物は、その正体を知らなければ秘境に隠れたどこかの国の城が現れたのかと勘違いしそうなほどで。いったい自分はどこに迷い込んだのかと呆然とするのは、きっと正常な反応だった。

「……これが、校舎?」

 数十秒かけてゆっくりと開ききった門の中へ、ようやく車が走り出す。思わず口から零れた言葉にタクシーの運転手が共感するように頷いてくれたのが、せめてもの救いだった。



***



 事の発端は、数時間前に遡る。
 珍しい存在に遭遇した昨日から一夜明け、登校した藤堂をクラスで待っていたのは、クラスメートであり彼が所属する風紀委員会の副委員長と、見慣れない生徒手帳で。差し出されたそれを受け取って開いてみて、藤堂は思わずげ、と声を零した。

「なんでこれ、ここに」
「昨日、現場に落ちてたって」
「あー」
「祐介(ユウスケ)、昨日一緒にいたんだろ? 返しといてくんね」

 なぜそれを知っていると思いつつ、そこそこ顔の知られている自分があんな派手な人間と一緒にいたのだから、噂にならないわけがないのはわかっているから口にはしない。
 きっと昨日大立ち回りをしているときにどこかから滑り落ちてしまったのだろうそれには、確かに見慣れた顔と名前が印刷されていて。手触りから生徒手帳すら高級なのがわかってしまって、どうにもしっかりと持ちづらい。一応現場は一通り見回したはずだったけれど、KOされた不良たちの下にでも隠れていたのか、と小さく息を吐く。

「あー……うん、わかった」
「祐介?」
「ああいや、なんとかしてみるわ」

 歯切れの悪い反応に首を傾げる副委員長、佐竹恭弥(サタケキョウヤ)に、なんでもないと首を振る。彼にとっても他の風紀委員にとっても、水無瀬は見たこともない相手なのだから、これを預かるのは自分の役目だろう。
 こんなことなら連絡先を聞いておけばよかった。さてどうしたものかと考えるも、ゴリ押しで押しかけるくらいしか案は浮かばない。ガシガシと後ろ頭を掻いていると、ふとある顔が思い浮かんだ。

(あーそうだ、あいつ……)

 あまりいい案にも思えなかった上に、自分から関わりにいきたい人種ではないけれど、他になにも浮かばない以上、話してみる価値はゼロではないだろう。しかし会おうにも残念ながら、彼の名前が出てこない。
 水無瀬にしろあいつにしろ、自分は碌に人の名前に興味がないなと思いながら、ひとまず彼の自分は結構有名だ発言に賭けて聞いてみることにする。生徒手帳を渡したことでもう用は終わりだと佐竹は授業の準備を始めていた。

「あー、なあ恭弥、なんかうちの華? みたいな奴っている?」
「は? 花?」
「だからえーっと、なんだ、黒鉄の華、だっけ」

 言いながらこっ恥ずかしい気分になる。やっぱりこんな二つ名、碌なものじゃない。これで佐竹が知らなかったら恥ずかしい人間に思われるのは自分だと恨みがましく思う藤堂だったが、しかし意外にも、佐竹には覚えがあったらしく、ああ、と頷いた。

「Cの堤下(ツツミシタ)だろ? モデルやってるっていう」
「モデル?」
「なに祐介、お前ああいうのが好みなのか?」

 そう言ってニヤニヤと笑みを浮かべる頭をスパンと叩く。そうしてジト目で見つめれば、佐竹はこほんと一つ咳払いをした。ゆるゆるの口元の緩みは隠しきれていないけれど。

「ごめんごめん。いやうん、確かに通報してくれたのあいつだったしな、うん。ふふっ」
「おい笑い漏れてんぞ」
「いやだってお前、その顔で黒鉄の華て! ふふっ、ちょっと待って、祐介が黒鉄の華って言ってんのまじウケる」
「恭弥!」
「ごめんって〜」

 笑いの止まらない頭をもう一度叩くも、どうやら完全にツボに入ってしまったらしくケラケラと止まらない笑い。それからもしばらく笑いこけていた佐竹がようやく落ち着いたところでもう一度、今度は遠慮なくグーをくれてやってから、堤下のクラスを吐かせたのだった。





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