月に泣く | ナノ

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 それからあれやこれや話して、気づけば太陽が傾き始めていた。そこまでは拘束するつもりはなかった藤堂は、渋る水無瀬を追いたてて店から出る。住んでいる世界が違いすぎて話は合わないだろうと思っていたのに、思っていた以上に合ってしまった。よくこんな長居して文句の一つも言われなかったなと思ったが、恐らくこんな美形の至宝生と黒鉄生という奇特なペアに声を掛ける勇気のある店員がいなかったのだろう。

「んあー! 楽しかった」

 出るときは渋っていたくせに、いざ外に出ると酷くご機嫌な足取りの水無瀬。コンパスが長いうえに足取りが軽いせいで歩調が早く、遅れないように慌ててついていく。身長はほぼ一緒のはずなのに、と思った途端に余計に悲しくなり、考えるのをやめた。藤堂だって純粋な日本人としてはスタイルは良い方のはずだった。

「ならよかったけどよ」
「ん?」
「いや、こんなんでいいなんて、お前も大概変な奴だな」

 僅かに前方に出ている金色の頭がくるりとこちらに振り向いた。金糸はオレンジの夕日に溶けてしまっているかのようで、境目がわからない。
 結局水無瀬とは、どうでも良いような世間話をして、そしてたまに聞かれるがままに黒鉄のことを話していただけだった。カツアゲについての言及も最初の方だけで、あとはただ本当に、なんでもないことを喋っただけ。あまりにあっさりしているので正直これでいいのかという思いはまだあるけれど、それでも水無瀬自身がいいと言ってくれている以上はこれでいいのだろう。彼が無駄な遠慮をする人間ではないのはわかっているつもりだった。まだたった数時間しか話していないけれど。
 そんな水無瀬は、藤堂の素朴な疑問を受け取って、なぜか少しだけ顔を曇らせた。綺麗に整っている眉を寄せる。

「……やっぱあれだな、なんかこう、気に入らない。すごいとは思うけど、お前から謝られる話じゃない」
「気に入らないって言われてもな……お前に危害を加えようとした奴らは俺の級友、というかまあ、俺の島の人間なわけで、統率できてなかった俺にも責任の一端がある」

 だからせめて、謝罪くらいはさせてくれ。
 そう、自分で級友とは言いつつも、その一方で正直彼らとは友と呼べる関係ではない。彼らがただただ慕ってトップとして担いでくれているから、藤堂は彼らの面倒を見ている。確かに水無瀬の言う通り、なにか明確な取り決めや鶴翼があるものではなかったが、ある意味ギブアンドテイクの関係だった。

「ふーん……そんじゃやっぱ、黒鉄高校潰すかあ」
「え?」
「お前がそんなに彼らの落とし前つけたいって言うんなら、お安いご用だよ」

 むしろ彼らよりも水無瀬との方が、すでに距離が近い気がする。ぼんやりとそんなことを思っていた藤堂は、つい今、近いと思ったはずの彼から向けられた攻撃的な言葉に目を見開いて。そうして一瞬固まったあと、すぐに呆れて僅かに眉を下げた。

「なにを拗ねてんだお前は」
「は? 拗ねてない」
「いや拗ねてるだろどう見ても」

 予想以上にたくさん話したせいで、水無瀬がそんなことを本気で言う人間ではないとわかってしまっている。だからこそ他の部分、不満に混ざってどこか拗ねたような雰囲気を感じて言及すれば、水無瀬はより一層むっとしたような顔をした。

「……それだよ」
「ん?」
「……って、わかるくせに」
「え?」

 夕日の色を映し込んで不思議な色合いになっている瞳が、恨みがましくこちらを見つめる。それからふいと逸らされた。

「俺としては、こんなに仲良くなれることってあんまないんだけど」
「水無瀬?」
「でもどうせお前にとっては、俺は級友以下なんだろ」

 取り繕うのをやめた、あからさまに拗ねたような声音。その予想外の言葉に、藤堂はぱちりと瞬いた。それからなんだか少しだけ面白くなって、からかうように口の端を上げる。

「へえ、お前みたいな人間がそんなこと言うなんて驚いたな……お前と友達になりたい奴なんて大勢いるだろ」
「だけどそういう奴らと本当に近くなれるかどうかは、また別の話だろ」
「あー……」
「藤堂も経験ありそうだけどな」

 確かにそういった経験がないわけではないけれど、しかし水無瀬の言うそれは、藤堂が想像できるものよりも遥かに重いのであろうことは聞かずともわかる。簡単に理解を示すこともおかしい気がして返事を濁していると、水無瀬は視線を藤堂に戻して肩を竦めて笑った。

「ま、でもそんなことを演じてる人間に言われちゃ、あいつらが可哀想だけどな」
「演じてる?」
「そ、これでも学校では優等生やってるもんで」
「へえ、意外だな」
「だって俺、王子様だから。水無瀬家嫡男は優等生な王子様を演じた方が、周りは──家も学校も学友も、みんな喜んでくれる」

 そう言って、水無瀬はすっと背筋を伸ばした。そうして僅かに目を細めて涼やかな笑みを浮かべた彼は、まさしく王子様で。あまりに完成されたそれに、藤堂は思わず吹き出してしまった。
 きっとここは笑うところではなく、水無瀬の抱える闇に驚いて、心配する場面なのだろう。しかしそれを話す彼の顔があまりにも楽しそうで嬉しそうで、同情する気になどさせてはくれなかった。

「はっ、やっぱ大変だな金持ちは」
「だろう? 大変なんだよ、俺は」
「でもそれが好きなんだろ? 喜んでもらえるなら、我慢できるくらいには」
「……そう、見えるか?」

 藤堂の言葉に、ゆるりと目を細めて笑った水無瀬。きっと答えは求められていなかった。その少しだけ照れたような表情を目の当たりにして、藤堂はなんだか水無瀬の気持ちがわかった気がした。

「それじゃ俺は、そんな水無瀬王子の素顔を拝する栄光を賜ったわけだ」
「光栄だろ? それなのに藤堂は俺よりもただの級友の方が大事みたいだし、いつまで経っても苗字呼びだし」
「いやそもそも俺、誰かを名前で呼んだことなんてほぼねえよ」
「いいんだ、どうせ俺は今日限りの相手だよ」

 ひょい、と再び長い脚を駆使して前方へ行ってしまった水無瀬。そこに無理に着いていこうとするのはやめて、のんびりと後ろを追いかける。
 今日限り。確かに水瀬家の御曹司様とこうして話す機会など、彼の言う通りもうないだろう。そう思うと、なんだか惜しい気もしてくる。ひょいひょいと前を歩く後ろ姿へと声を掛けた。

「お前は呼ばないどころか俺の名前に興味さえねえじゃねえか」
「え?」
「俺の名前知ってるか?」
「う……それは、藤堂が苗字しか教えてくれてないから」
「でも気にもしてなかったろ」

 歩調を落として振り返ってくる顔。追い抜きざまにニヤリと笑えば、彼は反論できずに押し黙ってしまった。別にそこまで名前で呼んでほしいわけではないし、どちらかというと名前ではなく苗字で呼んでほしいタイプであるから、今のままでなんら問題ないのだけれど。しかしずっと振り回されっ放しだったのをようやく主導権を握れた気がして、気分がよかった。




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