三周年記念企画小説 | ナノ
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たまたま歩いていたら、見つけたのは上機嫌に歩く恋人の姿。
一般的に抱かれているイメージを裏切って、意外と喜怒哀楽が激しい彼だけれど、それは生徒会室だとか俺と二人きりの時だとか、そういった限られた場面だけで。今みたいに多くの人の目がある廊下であんなに滲み出るほど感情を昂ぶらせているなんて珍しい。
いったいなにがそんなに彼を上機嫌にしているのか、一応彼氏としては大変興味があるわけで。俺までなんだかわくわくしながら、その背にそっと近づいた。
(あー……やっぱうちにほしい)
ろくに普段スポーツをしているわけでもなく、デスクワークばかりのはずの会長の後ろ姿は、しかし必死にトレーニングをしているこっちとしては腹が立つほど均整がとれていてとても綺麗だ。デフォルトでこれなのだ。ちょっと訓練をすればきっとうちの部でも大活躍できるだろうに。エースを張っている俺から見ても、どうにも魅力的なその体。以前から、それこそ入学式で壇上に上がるこの人を見てからというもの、入部して戦力になってほしいとずっと思っていたのだ。
とはいえ彼氏になってしまった今は、この人が部の助っ人とかする人ではなくてよかったとも心底思うから難しい。
この会長の性質の悪さは、外面だけで学園中を魅了できるくせに、中身までこれでもかというくらい魅力的なところだと俺はわかってしまったから。そのことに気づける距離まで近づく権利を手に入れてしまったから。
あれ以上魅力を持っても本人も持て余すだろうに、わかっているようでわかっていない、気づけていない外面と中身のギャップ、が。あれが本当に性質が悪い。それを一度知ってしまえば、誰だってきっとこの人から抜け出すことはできないんだ。
決してこれは彼氏の欲目ではない。多分。
せっかくだから驚かせてやろうと足音を忍ばせて近づくにつれて、上機嫌さが滲み出ているのはその歩き方からだと気づく。
今にもスキップでもしだしそうな、軽やかな足取り。そんなにこの人を上機嫌にさせているものはいったいなんだろうか。しかしいくら機嫌が良いといったって、あの会長がスキップだなんて。ああもうかわいい!と堪らず顔面を覆いそうになりながら、むずむずと上げた両手を、ぽんと目の前の両肩へと乗せた。
この人の肩に手をかけるなど、そんな畏れ多いことをする生徒はこの学園にはほぼいない。あまりに予想外だったのか、うわっと声を出してびくりと跳ねた体に、俺はついふふっと声を出してしまった。
「と、富岡!?」
「あはは、会長おつかれさまです」
ばっと振り返りながら呼ばれた自分の名前に、あ、声で俺だと気づいてくれたと内心嬉しく思いながら、にこりと微笑む。俺の笑顔にチカチカと目を瞬かせているのが丸わかりでどうしようもなくかわいい。慌てて手に持っていたなにかをぱっとポケットに突っ込んで隠したのを目の端で捉えながら、俺はわずかに小首を傾げた。
会計さんのたれこみで、会長が俺の後輩らしさと爽やかさを気に入ってくれているのを知ってしまったから、それを使わない手はない。わざとらしくならないように、あざとくならないように、ちょっとだけ後輩らしさをプラスする。好きになってくれたのは向こうからとはいえ、相手はあの会長様なのだ。努力をしてしすぎなことはないから。
「ずいぶんとご機嫌みたいでしたけど、なにかありました?」
「へ?ああ、いや、別に大したことでは……」
「そうなんですか?大したことなくは見えなかったけどな」
「や、その……そう、そうなんだ!会議で俺の案が通ったんだ!」
一瞬だけ逡巡してからぱっと顔を輝かせた会長がかわいくて、ついくすりと笑う。
きっとそれも嘘ではないのだろうけれど、本当の理由はまた別にあるのだろう。そう思いつつも、こんなことで誤魔化せると思っているらしいいじらしさに免じて、ここはそのまま素直に乗っかろう。
どうせもうすぐそこが生徒会室なのだ。追求はそこですればいい。
「そうなんですか!よかったですね」
「ああ、これは俺がずっと変えたくて動いてきたことだったから、すっげえ嬉しくてさ」
「どんなことか聞いても?」
「そうだな……簡単に言うと、今のクラス編成の改革、だな」
「えっ」
「ははっ、驚いたか?まだまだ始まったばかりだけど、まずは委員長たちの同意を得られたからな。ここから、だ」
「すごいな……それは、楽しみです」
嬉しそうに、どこか誇らしげに言う会長が眩しくて、目を細める。
これだから性質が悪いというのだ。かっこいいと思いきや、あんなにもかわいい。あれだけかわいいのに、こんなにもかっこいい。こんなにも眩しいのだ。こんな人に惚れない人間はいるだろうか。いや、いない。老若男女関わらず、会長に惹かれずにはいられないんだ。
少なくとも俺はまんまとそうだし、客観的に見てもそうだと本気で思っている。
「委員長たちが賛同してくれたのも超うれしかったんだけどさ、なにより顧問からようやくゴーが出たのがなー」
「ああ、うちの担任の!」
「そ。あの人ああ見えて結構シビアでよ。まあそのおかげできちんと詰められたんだけど」
「へえ、ちょっと意外です」
「だろ?でも今日はオッケーって。おまけによくできたなってご褒美までもらっちゃって……あ」
「え?ご褒美?」
せっかくここまで楽しく会話をしていたというのに。
目の前に迫った扉を二人でガチャリと開くのと、会長が失敗したという顔をするのと、俺が低い声を出したのは、同時だった。
「あー会長おかえりー!」
「富岡くんも一緒なんですね。いらっしゃい」
「…二人とも、お茶が……」
「お、おうみんなただいま!って、うわ!」
何事もなかったように仲間たちの輪に入っていこうとする会長の腕を、咄嗟に掴んで引き寄せていた。
さすがにあれを聞かなかったことにしてやることはできない。無理やり引き戻されて恐る恐るこちらを見上げる会長の表情は見事に引き攣っていて。会長が体勢を崩しているせいでいつもより下から上目使いをされて、うっかりときめきそうになんかなっていない、絶対。
「――会長、今のどういうことですか?」
「い、今の?って?」
「わかってるでしょう?ご褒美って、なんですか」
俺たちの空気の雲行きが悪いことに気づいたのか、他の役員の人たちはぱたりと口を噤んでいる。しかし外野が見ているとわかっていても、気にしている暇も自重できる余裕もなかった。
だって、ご褒美だ。他の男にご褒美をもらって、相当に会長は、俺の恋人は喜んでいる。
それに――そう、そうだ。歩調にでるほど上機嫌だったのは、あのホスト教師に褒められたからなんじゃないのか?さっき咄嗟に隠していたなにかを、ご褒美にもらえて。それであんなにもご機嫌になっていた、というのか。
「や、そんな……ほら、別にくだらないもんだよ」
「そうですか?でもくだらないって割にはそのおかげでとってもご機嫌でしたよね」
「いやその……」
「それって、さっきポケットに隠したものじゃないんですか?」
「えっ!うわおま、見てたのか!?」
はっと目を見開いて、すぐに真っ赤になる会長に、俺はぎゅっと眉を寄せた。モヤモヤした感情が止める間もなく湧きあがり、会長の腕を掴む手に僅かに力が籠る。
なんだそれ。なんだそれどういうことなの。仮にも彼氏に他の男からもらった物を指摘されて、どうして赤くなる。それにそもそも、なにが気に喰わないって、俺に隠そうとしていること自体が。
「見えてましたよ。あれなんだったのか、見せてもらえませんか?」
「えっやっ、これはな!これはちょっとお前には!」
「俺には見せられないような物なんですか?」
「だってお、お前だけにはさすがに……っ」
「は?俺だけ!?」
思わず威圧するような大きい声が出る。会長の肩がびくっと跳ねた。
だけど彼氏として、さすがにここまで言われて大人しく引き下がるわけにはいかないじゃないか。
相手はあの会長だ。一筋縄ではいかないことも、俺が努力し続けなきゃすぐに飽きられてしまうだろうってこともわかってた。だけど、だけどさすがにこんな早く気が移るだなんてなんて酷いんじゃないのか。それにたとえ百歩譲って俺から気持ちが離れたしたとしても、もっとこう、示すべき態度があるだろうに。
会長はそんな人じゃないとわかっているつもりだし、信じているけれど。それでも目の前でそんな態度をとられると、そんなの俺だって不安になる。疑わずにはいられない。好きって言われてあんだけ浮かれてた俺が、馬鹿みたいじゃないか。
「と、富岡?」
「会長、なんで……っ!」
「はいストーップ!!」
俺が言い募ろうとした途端、いきなり会長と引き離されて、会計さんが間に割って入ってくる。おまけに会長を俺から引き離した張本人である書記さんは会長を庇うようにしてなぜか俺を睨んでくるし、なにこれ俺が悪いのか?生徒会全員が会長の味方だということは嫌というほどわかっているけれど、こんな状況でもそうだというのか。
「富岡っちはちょっと落ち着こうね?俺多分全部読めちゃった〜」
「は?ちょっと俺たちの話なんでどいてもらえますか」
「ダメダメ〜俺たちの会長は君が思ってるようなことする人じゃないからさあ」
「いやなに言って……」
「せっかくの爽やかさが台無しだよ〜」
「いやだからっ!」
要領を得ない話に苛立って、背の低い会計さんを通り越して恋人の方を見る。するとそっちには副会長さんが、俺に聞こえないようになのかコソコソと話しかけていて。この人たちの近さなどわかりきっているくせに、今はもうそれにさえ苛立ってしまう。余裕のない自分が嫌になるけれど、そもそもは会長が悪いのに。どうして俺だけがこんな思いをしなきゃならない。
会長に話しかけようと、そっちに向けて口を開く。すると俺が声を発するより前に、ようやく体を離してこちらを向いた会長が、副会長さんに背中を押される形でおずおずとこちらに寄ってきて。思わず口を噤んで見ていると、するりと俺の前から消えた会計さんがいた位置まで会長が来て立ち止まる。
そうして決心したように俺を見ると、なにか紙切れを持った右手をぴっと俺の前に突き出した。
「引くなよ!?」
「へ?」
「お前が見たいって言ったんだからな!これ見ても、絶対引くなよ!あと笑うのも禁止!」
「いいんですか?」
「よくない……けど、それで、お前の気が済むなら」
緊張からか、ごくりと唾を飲み込む会長に思わずこっちまで緊張して確認をとってしまう。すると長い葛藤の後にいじらしいことを言ってくれるものだから、その一言でさっきまでの苛立ちなど吹っ飛んで抱きしめそうになった。
寸でのところでお手軽すぎる自分を止めてから、恐る恐るその紙を受け取って。
そうして、俺まで緊張しながらゆっくりと裏返すと――……
「……俺……?」
ぺらりと裏返った紙に写っていたのは、紛れもなく、自分の姿。
バスケのユニフォームに首からタオルを掛けて、笑う俺で。これは多分、つい先週末の試合の時。あの時の、確実に隠し撮りであるこの写真が、こんなところに。
「え、これ……」
「だっ、引いただろ!今引いただろ!?だから見せたくなかったんだ!うわあああ富岡に引かれた!だから嫌だったのに!!!!」
「え、いやだってこれ、え?もしかしてこれが……ご褒美?」
「やだもうだから嫌だったんだ!!!!」
絶望したように頭を抱える会長を目の前に、俺は正直引くとかいう問題ではなくて。これを見せてもらったあとでも未だに状況を理解できない。
べそべそと会計さんと書記さんに嘆いて慰めてもらってる会長を呆然と見つめるしかない俺に、副会長さんが近づいてくる。そうして苦笑しながら、会長を見守るように俺の隣に立った。
「ま、そういうことですよ。会長は顧問に、今回の件を形にしてきたご褒美としてあなたの写真をもらったわけです」
「え……?」
「会長があなたに一目惚れしてからというもの、生徒会内での彼へのプレゼントはみんなあなたの写真なんです。それが会長にとって、一番嬉しいものだから」
「だ、でもだって今は……」
「私たちもあなたたちが付き合い始めてからまだ写真が欲しいのかって聞いたんですけどね……それとこれとは別問題なんだそうです。いくらあっても足りないそうですよ」
ふわりと綺麗に微笑む副会長さんは、王子の異名に恥じぬ美しさだ。そんな精巧な人形のような笑みを、呆然と見つめる。
言われた言葉に頭が追い付くまで数秒掛かった。そして理解が追い付いた途端、きゅうう、と一気に苦しくなる心。一気に加速する鼓動。
なにそれ。なんだそれ。嘘だろかわいすぎだろ、勘弁してくれ。
「それでまあ、写真なんか集めてることがあなた本人にバレて会長は今絶望の淵に立っているわけですが……どうします?」
愚問だった。
愉快そうにこちらを見てくる副会長さんには答えずに、ぱっと会長へと近づく。そうして俺の背を向けて会計さんと書記さんの方を向いている恋人を引き寄せて、後ろからガバッと抱きしめた。
「え、うわ!」
「すみません会長、俺が馬鹿でした」
「へ、と、富岡!?」
びくっと跳ねてわたわたと逃げ出そうとする会長を、しっかりと抱きすくめて離さない。
空気を読んでさっさといなくなってくれる役員の皆さんに感謝しながら、俺の言葉を待ってびくびくしている首筋にちゅっとキスを落とす。
「疑ったりしてすみません……その、俺、余裕なくて」
「え……あ、じゃあ、引いてはないのか?」
「引きなんかしませんよ。ちょっと驚きましたけど……でも、嬉しかったです」
そう言えば、会長はようやく抵抗を止め、腕の中で俺の方へ向き直って心底安堵したような顔で笑って。
ああもう、本当にかわいい。いとしい。この人を一瞬でも疑ってしまった自分が恥ずかしくてたまらなかった。
至近距離で見つめ合いながら、ちゅ、と今度は鼻にキスをする。きゅっと目を瞑る恋人がかわいくて、ああでも、と少しだけ意地の悪い笑みを浮かべた。
俺の勝手な勘違いなうえに、信じられなかった自分が悪いのはわかってる。だけど、死ぬほど焦ったしとてつもなくショックを受けたのだ。ちょっとくらい意地悪をしても許してほしい。
「ちょっとだけ不満はあります」
「ふ、不満!?」
「だって会長、俺はここにいるんですよ」
「や、それとこれとは」
「一緒です」
「でも、ん……」
言い訳をしようとする口を、ちゅ、と自分の唇で塞ぐ。
触れるだけで離れれば、僅かに後を追って来ようとする唇。背中に回ってくる腕の心地よさを感じながら、すっかり続きを期待する表情になっている恋人に、にこりと目を細めて笑ってみせた。
「生身の俺だけじゃ不満ですか?」
「ん、なわけないだろ!」
「じゃあもうこれはいらないですね」
「あっ!」
ご褒美の写真を放り捨て、追いかけようとする腕を捕まえて指を絡めた。そうして口づければ、腕の中の抵抗は一瞬で消え去りすぐにキスを返してくれる。望まれるままに深いキスを交わす。
たっぷりとその綺麗な薄い唇を堪能し、ゆっくりと唇を放せば、上気した顔からは匂い立つような色気が立ち上っていて。
「はあっ……」
「俺だけで満足してもらえるよう、頑張りますから」
「とみ……おか……」
「だから会長、俺だけを見ていてください」
熱い息と共に零れ落ちた言葉。
こんなの会長が気に入っている、後輩らしさも爽やかさもなにもない、まるっきりかけ離れたものだけれど。それでも会長が、期待をするように顔を真っ赤にしてくれるから。
これも間違ってはいないんだと解釈し、俺はその美味しそうな唇に、再び口を近づけた。
恋
っ
て
や
つ
は
(なんだかんだ上手くいっているらしい)
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