三周年記念企画小説 | ナノ
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目の前に佇むのは、仲間だったはずの役員たち。かつての自分のようにその中心に立ち、仇を見るような目で睨みつけてくる後輩は、自分の記憶が正しければ初対面だったはずで。
「セフレなんて最低だ!あんた生徒の模範なんだろ!?」
大声で喚かれる内容は司の理解の範疇を越えている。おまけにそれに対して周りの役員はそれが正しいかのように頷いていて。
真面目に考えれば考えるほどわけがわからず、くらりと目眩がした。
【四月の雨は五月の花を咲かせる】
「だいたいなんであんたみたいなのが生徒会長なんてやってるんだ!こいつらがかわいそうだろ!」
「………」
「黙ってないでなんとか言えよっ!」
食堂中の目が、固唾をのんで二人のことを見つめていた。ここまで水を打ったような静かさに包まれる食堂など、きっと深夜、誰もいない時にしか存在しなかっただろう。それくらい、誰もが緊張感をもってこの展開を見守っている。
だがしかし、この会話に果たしてそこまで緊張するほどの意味があるのかどうか。
その他愛もないはずの静寂に煽られて、なにか言わなければという思いが不必要に頭を急かした。それでも頭が思考を拒否しているのかと思うほどになにも浮かんではくれない。副会長の状態を見に行かなきゃだとか、早く帰って書類を片づけなきゃだとかばかりが頭を回り、肝心の目の前の人物の対処を考えることができなかった。
まるで頭の中に靄が発生しているかのように、はっきりしない思考。さっき目眩がしたのは、意味のわからなさに呆れを通り越したせいだと思っていたが、どうやらそれだけでもないらしい。ようやく自分の不調に気づいた司は、苦い笑いを零した。
「なあ!あんたに言ってんだけど!」
「っ悪い、今ちょっと…っ」
「ほら、ちょっといい加減に…っ!?」
「ちょ…!」
焦れた転入生が一歩踏み出し、司の腕を乱暴に取った。
瞬間、ぐらりと傾ぐ体。
(あ、やべ…っ)
やばい、と思ったところで動き出した体は止まらない。
倒れ込んでくる司に驚いて、もっさりとした外見にそぐわぬ反射神経の良さを見せて毬藻頭が飛びのいた。受け止めてくれるものもなにもなくなり、あっという間に迫る床。
役員と、ついでに転入生の驚いたような間抜けな顔が視界を滑っていく。唸るような悲鳴が食堂に響く。すべてがスローモーションのように感じられた。
倒れる―――そう、衝撃に備えて目を瞑った。
「っ!」
「…っと」
しかし司を受け止めたのは、固い床よりも遥かに柔らかく温かい、誰かの腕で。強かに打ちつけられて感じるはずだった痛みもなにもなくて、司は困惑して瞬いた。
そうして視線を自分を受け止めた人物に向ければ、司の目に映ったのは幼い頃からよく知っている笑顔。
「…ごめんな、遅くなって」
「け、い…?」
「あと…出てきて、ごめん」
「ケイ……」
耐えきれなかったんだ、と苦しそうに笑む啓介。そしてぎゅっと痩せてしまった司の痩身を抱きしめる。
頭が上手く働かないうえに啓介の顔を見て一気に気持ちが緩んだ司の頭は、一瞬にしてストレスとなる周りの状況把握を放棄した。なぜ大切な幼馴染がそんな表情をしているのか、なぜ謝るのかわからない。すっかりオフモードに入り、ついさっきまで罵倒されていたことも忘れて譫言のように啓介の名前だけを呟く。そんな表情をしてほしくなくて、慰めるようにゆるゆるとそのうねる艶やかな黒髪を撫でる。
しかしそうしているうちに、疲れと気の緩みに負けて目を閉じてしまう司。啓介はふっと笑みを零し、その目蓋へとキスを落とした。
「え?なに、なんで葛西様が…っ」
「嘘、待って神埼様と葛西様って…!?」
突然の啓介の登場に、そしてそれに対する司の反応に、戸惑いざわつく生徒たち。
学園の王様と学園一の色男の、恐らくかなり親密な関係。ずっとずっと隠されてきたその関係をついに知ってしまった生徒たちの間に、段々と悲鳴が上がり始めた。
予想通りすぎる反応に、啓介は苦笑を零す。こうして見世物のようになるのはわかっていたから、今までは極力接触を避けていたのだ。しかしあんな状況を見ていて、飛び出さずにいられる理性を啓介は持ってはいなかった。
包まれる体温と安堵感に意識を手放してしまった司を、これ以上この場に晒しておくわけにはいかない。そう判断した啓介は司の膝の裏へ腕を入れると、ぐっと持ち上げて横抱きにした。簡単に抱え上げられた司の体は覚悟はしていたが驚くほど軽くなっていて、啓介はその秀麗な眉を寄せる。
「司、お前―――…」
「あ、あんた誰だよ!」
お前、どれだけ食べてなかったの。
そう問おうとした言葉は、二人を包む悲鳴の嵐にも負けない大声に遮られる。啓介が視線を上げれば、こちらを見つめて仁王立ちする毬藻頭。ゆるりと目を細めれば、びくんとその肩が跳ねた。
「…君に名乗る名前は、持ち合わせていないよ」
「な、なんでだよ!お、お前その、すげえかっこいいから、俺が…っ」
「ねえ、君なにか勘違いしてないかな」
美形のハーレムを作っている毬藻頭がどもるほどの色男の唇が、美しく弧を描く。柔らかい口調にそぐわぬ底冷えするほど冷たい声に、ミーハーな悲鳴に包まれていた食堂が再び静かになってゆく。コツリ、と踏み出した靴音が響いた。
誰に対しても優しく、決して拒むことのない博愛主義者。
そんな”葛西様”は、決して怒らない。誰も彼を怒らせることはできないのだと、そこまで感情を動かすことはできないのだと。彼が熱くなることはないのだと、そう、言われていた。
けれど確かに今、啓介はあからさますぎるほどに鋭い怒気を放ちながら笑みを浮かべている。それは確かに、その腕の中の人物に動かされた、熱すぎるほどの感情。
「俺は、こいつをここまでにした君を、絶対に許さない」
「でも、でもだって司は!」
「ねえ―――…」
シンと静まった食堂。
啓介は、その美しい顔に艶やかな笑みを浮かべた。
「君は、誰の許可を得て司の名前を呼んでるの」
そうとだけ言って、啓介は毬藻頭の隣を通り抜けて去っていく。
二人が消えて、一瞬の内に悲鳴で包まれる食堂。二人が付き合っていると勘違いし、信じて疑わない生徒たち。
学園中が口々に興奮を語る中、なにを言われても気にしないはずの無神経な口は、しかしそれ以上動くことはなかった。
*end*
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