100万打御礼企画 | ナノ
潤む瞳、零れる熱い吐息、絡む脚、縋る腕。
なにより―――人を惑わす、その声。
煽り、強請り、嗤い、誘う。
抗うことのできない、それは激情。
【捕まるのは、】
ザーと音を立てて冷水が肌に弾かれて体を滑り落ちていく。普段なら浴びることのない温度のそれは、過剰に火照った体を冷やすのには調度よかった。しばらくそれを頭の上から被りながら、ゴンとバスルームの壁へと額を付ける。キュ、と音を立てて蛇口を捻れば水の粒が落ちてくるのは止まり、響くのは自分から滴る水の音。
そのまま数秒。ふ、と一息吐いてから、拳を壁に付いて凭れていた体を押し上げた。
(…溺れそうだ)
バスルームを出て、すぐに置いてあった真っ白なタオルで水滴をとる。すでにさっきまでここにいたはずの人物の姿はもうない。ご丁寧にもタオルの隣に鎮座していたバスローブを適当に体に引っ掛けてガチャリとドアを開ければ、ソファに座っていた会長が振り返った。
「なんだ、随分かかったな。お前も後処理か?」
高貴な顔でニヤリと笑い、艶やかな声でそれは愉快そうに下品な冗談を言う。
丸きり無視して隣に座れば、差し出された瓶。無言で受け取り、冷たい水で喉を潤す。よほど渇いていたのか、会長の分の瓶はほぼ空になっていた。ついさっきまであれだけ啼いていたのだから、仕方のない話だが。
カツン、と音を立てて瓶をガラス製の机へと置いた。ガラス製の机など生まれた時から使っているのに、未だにうまく静かに物を置けずに苦労する。この人は無粋な音など欠片も出さずに動くよな。無駄な要素などなにもないというか。
本当に、羨む隙もないほどに無駄のない完璧な男だ―――そんなことを考えていた俺の胸板に、そっと手が触れた。肌蹴たバスローブの胸元にひたりと当てられた、綺麗な手。冷たいそれに、ぞくりと鳥肌が立った。女性らしさなど欠片もないが、その節のある男の手は、どこか色気も併せ持つ。
「やっぱいい体してんなあ」
「…そうでもない」
「デスクワークのくせに生意気だぞ、書記め」
そう言って笑うあんたは、濡れ髪のせいで匂い立つような艶やかさだ。堪らない。
なんて、そんな口説き文句を言う代わりにおでこにキスを落とす。俺たちの関係にしてはあまりにも穏やかなそれに、らしくもなく擽ったそうにする会長に思わず頬が緩んだ。しかしやっぱりそんなもんじゃ足りなかったのか、顔を離した瞬間にバスローブを引っ張られて奪われた唇。触れるだけで深追いはせずに、れ、と唇を舐め上げて離れた顔は、再び僅かに濡れた瞳で俺を射抜く。
「なんだ、もうヤる気になっちまったのか?」
「…それはあんただろう」
「はっ、そうでもないだろ」
目を細めてくつくつと喉の奥を震わす会長は全身で俺を誘っていて、恐ろしいほどに色気が立ち上る。
真っ白なバスローブから覗いたしなやかな足が、艶めかしく組み変えられる。微かに傾げられた首を伝う水滴。ゆるりと無防備に緩む口元。まんまと一瞬釘付けになって、視線を逃した途端にあっさり捕まり絡む視線。
濡れた熱い瞳に誘われ―――今度はその唇に、自分から噛みつきにいった。
会長とこんな関係になって、これで何回目だろう。数えることなど、途中で馬鹿らしくなってとっくにやめてしまった。生徒会室で、空き教室で、自室で。そして揚句は、今みたいに生徒会の買い出しに街へ降りてきたのにホテルなんて入ってしまって。もちろん安いラブホなるところに入るなんてことはないけれど。
『―――ただし、抱かれるのはあんたの方だ』
この関係の発端を作ったのは確かに俺だった。
けれど、あれは本気で言ったわけじゃなかったのだ。ただ、周りの奴らと同じ扱いを受けたくなくて。あんたにとって、その他大勢と一緒になるのは嫌だったから。そのためだったら、「唯一靡かない男」でも、「唯一嫌われている男」でも、「唯一抱く男」でも、なんでもよかった。ただそれだけだった。
それなのに、それだけだったはずなのに。
俺はまんまと罠に掛かって。あっという間に捕まって。そして簡単に溺れていった。きっと俺はもう会長から逃れることなどできないくらいに雁字搦めに絡めとられてしまった。
煽り、強請り、嗤い、誘い―――…快感に咽び、悦び、啼くその声は、俺しか知らない。
この艶やかな声のあげる、甘い甘い媚薬のような嬌声を知っているのは俺だけ。
甘美な毒に侵されきった俺は、きっともう、この人から逃れることなどできないのだ。
「んんぅ、ふ、ん…っ」
「はあっ、ふっ」
「んん、んぁ…っ」
腰にくる悪い声が会長の鼻から抜ける。ぞわりと背中を駆ける、甘い痺れ。
堪らなくて、もっともっと聞きたくて、唾液から酸素からすべてを奪い尽くすようなキスから逃がしてはやらない。及び腰になる体に腕を回して引き寄せる。縋るように掴む手がずるりとローブを滑った。
十分に堪能してからゆっくりと顔を離せば、名残惜しさを表すように二人の間を繋ぐ銀糸。ゆるゆると開いた目と視線があうと、頬に添えた手に擦り寄る会長の、とろりと蕩けきった瞳が三日月を描く。それはそれは、楽しそうに。
「ほら見ろ、冷静なふりなんかしやがって」
「会長、」
「言ったろ…てめぇはもう、俺のもんなんだよ」
楽しそうに、嬉しそうに紡がれる甘美な言葉。ああ、堪らない。この人は、自分がどんな表情をしてその台詞を口にしているのか、気づいてないのか。
押し倒すように乗り上げる。ギシリ、ソファが音を立てた。
「“あんたのものになってやってもいい―――ただし、抱くのは俺の方だ“」
すべての始まりだった言葉。
もう一度囁いて、その口で再び口づける。
絡め取られたというのなら。逃れられないのだというのなら。
それならばもう、この激情にすべてを任せ、溺れきってしまえばいい。
「安心しろ…俺は最初から、あんたのものだ」
俺はもう、あんたのものだ。
だからもう、俺だってあんたを逃がしはしない。
なあ会長、あんたは俺を捕まえたつもりかもしれないが。
俺を捕まえたあんたはもう―――俺に捕まっているんだよ。
*end*
イケボ会長シリーズ
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イケボ会長受けのお話
A
溺れるのは、
(R18)
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